はじめて遭難してしまった1日の記。
こんなの出すのは、恥ずかしいかもしれないけれども、その日のことを書いておこうと思う。
1日目 八方→唐松山荘
2日目 唐松山荘→村営白馬頂上小屋
3日目 予定: 村営白馬頂上小屋→祖母谷温泉
3日目
5:20 小屋発 雨出発 (前日の夕方から強い雨が降り続けていて、朝になってもかなり雨)
8:00 清水岳 山頂
←外れて山頂に行ったり、途中お花見しながら雨の中歩いてるにしても、だいぶゆっくり歩いてる
8:15 清水岳 発
10:40-45不帰避難小屋着
←ここも30分遅い
私の大嫌いなうっそうとしたジャングルの下りになって遅くなったかな?
11:00 不帰避難小屋 発
11:50 oさんと別行動となる
あと2時間で祖母谷温泉というところ
ここらから私の調子がおかしくなり出す。なんか、スイッチ入らない。プチッと切れてしまったみたい。スタスタ歩こうという気にもならない。
どんどん遅くなって、集中力が低下してる、いい加減な歩き方になってるのが自分でもちょっと分かってた。
なんか目の前がぼーっとする。視界が一瞬ぼやけた。クラクラしている。
こんなことになったことは今までない。ヤバいかも、と思った。
と同時に、私はとてもイライラしていた。なんで今こうなる?今までもっと大変な登山したけど、こんな状態になったことないじゃん。なんで今?気合で乗り切れ、とか、思っていた。
沢をトラバースするところ、自分でもヒヤッとした。鎖があり、右手でちゃんと掴んでいたので、問題なかったのだが、かなり真面目にオットってなった。ここは、私の左側は下の沢までずーっと切れ落ちていて、滑ったら底まで落ちる。今の、鎖掴んでなかったら完全にアウトだったな、とまじめに思ったのだ。怖くなった。
直後、 13:50頃かと思う(定かじゃない)、ついに足が止まる。これは自分でもマズイと思った。気持ちも前に行くことを拒否した感じ。
座って休憩させてもらって、どうにかスイッチ入れようとしてみる。
どのくらい休んだかわからないが、10分くらい休んだのかな?そこまで行ってないのかな?
14:00ごろ、ガイドさんに促されたのもあって、出発することに。
「よし!行こう!もうちょい。しっかりしなきゃ。」と思ってスタートして、さっきより少しスタスタ歩き始める。
*****後日書き足し*****
というか、私はなかなかスイッチが入らない自分に、もう少しなのに、こういう状況になっている自分に完全にイライラしていた。スタスタ歩き始めたのではなく、イライラに身を任せて、乱暴に歩き始めたのだ。
***************
けど、歩き始めてすぐに気が付いた。「あれ?足のいい加減な感じは変わってない…?」
すぐ直後だった。
は! と思ったら、気がついた時にはすでに、両手で登山道を掴んでしがみついて、
左足は見えないけどなんかちょっとした足場で踏ん張ってて、右足は激痛で動かせない状態だった。
なんか、変なありえない方向に右足が曲がっていないか? と一瞬気が付いた
力を入れようにも、入らなくて…
下は300m谷まで落ちてる…落ちたらヤバイ…と状況を理解したすぐ、ガイドさんがザックと右腕を掴んで引き上げようとしてくれてるのに気づく。
「上がれ!」と声が飛んでる。
でも自分の力が入らない。半パニック状態。とりあえずザックのベルトを外してザックを引き上げてもらい、そこにあった草をガッと掴んで(わらをも掴むってこういうことか…)渾身の力で登山道に這い上がった。
右足がちょっとでも動くたびに激痛が走る。上がって4つんばいになったはいいものの立てない。
また「立って!あそこまで移動しないとここは危ないから!」とまた声が飛んでる。ガイドさんに捕まってなんとか左足で立つ。
で、なんとかケンケンしながら数メートル移動。
右足の足首がブランブラン状態になってることに気づいた。
折れてる・・・・?揺れるとギシギシって音がしてて、激痛が走る。
なんとか座ったけど、ここじゃダメだという。ちょっと木の根っこの階段を数段上がったところが広くて安全だという。
ガイドさんが私をおんぶして、安定したところに腰を下ろした。で、このどうしようもない右足が安定するように置いて。
激痛で勝手に涙が流れる。
「ヘリ呼ぶ」ってことにしたけど、どちらの携帯の電波も入らない。ガイドさんが上へ下へとちょっと行って、電波が入るところがないか探してくれたが、ない。全然電波が入らない場所だった。
「いいよ、祖母谷に降りて。私ツエルトかぶってここで待ってる。」ということになり、防寒できるもの全部着て、小雨が降ってるから頭を濡らさないようにって、ヘルメットまで被って、ツエルトをかぶった。
携帯の山と高原地図アプリのGPSで場所の写真撮り、私の携帯とガイドさんの携帯はキャリアが違ったから、両方持っていってもらった。
ガイドさんは、テルモスと食料と水をザックから出して手の届くところに置いてくれ、自分は最低限必要なものだけ持ってザックを残して下っていった。
さて、14:40 ここから1人ぼっちになった。
気持ちを落ち着けるためにテルモスのお湯を一杯飲む。
数十分とかいう話じゃないから、少しでも体を楽にするために、ガイドさんが置いてってくれたザイルの袋を座布団に、体が土に着く面積を減らすために、自分のザックからも必要になるだろう、テルモスとヘッドライトと食料サックを出しておき、ハイドレの吸口をすぐのところにセット。ザック を引き上げてお布団にして、ガイドさんのザックを枕にして少し横になれる体制にした。
相変わらず小雨。ツエルトが濡れていく。
「そうだ!私、傘持ってるじゃん!」帰りに雨降った時のために超軽量折り畳み傘をザックの一番下に入れてたのだ。
折り畳み傘をさして雨をしのぐ。
右足は全くの重りと化し、ちょっとでも体が動いて右足に振動がいこうものなら、激痛。動いてしまったら暫く悶える。
左足を右足の座布団にしてたから左足も動かせない。たったこれだけの事をするのに、ものすごい時間かかった。
・・・・・・暫く何もない時間が経過する・・・・・・・
相変わらず、小雨が降ってて、たまに止んで少し青空が見えたり。
お願いだから雨と霧はやめて欲しい。冷えるしヘリが飛ばなくなるじゃん。
お願いだから雨やめて(祈り)。空を見ながら一喜一憂する時間が流れた。
16時 ・・・・・ ガイドさんが空荷で降りたんだから、もうついただろうな。 ヘリ来ないな…
17時 ・・・・・ 来ないな… 少しずつ不安が・・・・・
17:40 ・・・・・ 来ないな。あと1時間で完全に日没だ。 ヘリも飛んであと30分くらいかな?
最悪の場合、今日は飛ばない、一晩ここで一人でビバークって可能性もある、と覚悟する。
温かい飲み物と食料は夜のために取っておいた。
(…後日談 もし、ヘリが飛ばなかったら、ガイドさんは毛布とおにぎり🍙を担いでヘッドライトであの道を上がってきてくれるつもりで準備してたと聞かされた。聞いただけでもう涙😭 )
17:50 ブーンって音が聞こえてきて、次第に大きくなってくる。赤いヘリ🚁が見えた!
来た!でもなんか、全然違う方飛んでっちゃった。 また帰っていっちゃった。
「えーーー!頼むよ!こっちだってば!お願い!もう一回来て〜!」
5分位したかな?またヘリの音が大きく聞こえ出した。赤いヘリ🚁がまた見えた。ヘリの頭がこっち向いた!
最近買ったばっかりのpetzl の最新ヘッドライトを最強モードにして、カチカチ動かして、合図を送ってみる。
そのまま私の方めがけて飛んでくる!隊員がヘリから身を乗り出して、でっかく○の合図を送ってくれた。
発見してくれた!
この時の安堵感は言葉にできない。とりあえず夜を過ごさなくていい。
さて、収容される準備をしなくては。温存していた自分のテルモスのホットジュースを飲んで、色々散らかったものをザックにしまう。
ツエルトはホバリングの風に備えて最後まで出しておいた。
完了!と思ったらすっごい風が吹き出した。飛ばされそう。見上げると、すぐ上にヘリがいて、既に、すぐ右横に隊員が降りてきてた。
「xxさんですね。富山県警Tです」
確認され、隊員は私にマスクをかぶせた。意識と怪我の状況をチェックされた。
「大丈夫ですよ。よく頑張りました」
と優しい声をかけてくれる。
ツエルトをしまい、隊員は素早くガイドさんのザックを背負い、私のザック にスリングをかけて、私の体に大きな輪っかをセットして吊り上げセット完了し、ヘリと交信。
ヘリに吊り上げ収容されるのがどんななのか分かってたのは、もう飽きるくらい何回も映画「岳」を観てたおかげかな?映画と同じだ。
セリフまでほぼ一緒じゃん(笑)
映画と同じ進行すぎて、シビレル〜(笑)
降りてきたワイヤーとカチャっとセットすると体が浮いた。
右足の形が変わって激痛に顔が歪む。
確か映画では、隊員は救助者に自分の足をがっちりクロスさせて抱きつく感じだったと思うけど、軽く回す程度だった。
「痛いですね。もう少しです。」と声をかけてくれた。あ、そうか!私の足に負担をかけないために、抱きつかないんだ!と理解した。
心遣いがしみた。
少し我に帰って、辺りを見渡した。たった10秒くらいだけど、すごい絶景だった。
自分のたどった登山道を見て、こんなところだったのかー、落ちなくて良かったと改めて思った。
ヘリに乗り込むと、楽に座れせてくれ、頭の熱、指で酸素濃度、血圧を測られた。血圧がすごい高いっぽくて何回も測られた。
ヘッドホンをかぶせられた。隊員たちの交信が聞こえやすくなった。
降下装備の若い隊員が3人。代わる代わる声をかけてくれる。コックピットに2人。リーダーっぽい人はデンッと構えていて、ちょっとおっかなそう…(笑) すごい!6人で来てくれたんだ!
顔は小栗旬や渡部篤郎には敵わないけれど、彼らはめっちゃイケメンでかっこよかった(笑)
あ、小栗旬も渡部篤郎も映画では県警の山岳救助隊の人ではないか…
「これから富山空港に向かい、救急車で病院に行きますよ」と説明してくれた。
富山空港着18:40という交信が聞こえてきた。
救急と私の情報を交信している。
隊員が救急に伝えた私の頭の表面温度は34度❗️
は!?低すぎるでしょ!そんなはずなくない?でも雨に濡れてヘリの風に2回吹かれた直後で表面温度が下がってるのかな?
そうか!雨に濡てて、風に吹かれると表面からどんどん冷える。稜線で遭難して簡単に低体温症になってヤバい状態になると
登山の知識としては知ってたけど、こういうことなのか。その冷えを内体温に浸透させない工夫とウェアとか食料飲み物とか
ちゃんとした装備が必要なのだ。まったくもって教科書通りの話だけど、その重要性を再理解した。
そうこうしていると、富山空港のヘリポートに着陸。今度は救急隊員が改めて私の名前と意識状態を確認する。
ストレッチャーが横付けされて、足を支えられながら乗り移り、救急車の中へ。
救助してくれた隊員に「本当にありがとうございました」と伝えると「いえ、いいんですよ。まずは怪我を治して、
また富山の山に登りにきてください」と声をかけてくれた。またまた涙😭。
←今思うと、これも「岳」のセリフと一緒(笑)
救急車に入ると、救急隊と山岳救助隊の双方から、質問の嵐。事故の状況説明を求められる。どこで、どんな足場で、雨は?とか、
滑ったのは右足か左足か?とか。滑った足は、自分でも分からない。一瞬すぎて全く記憶にないのだ。
あとは同行者と家族への連絡方法などなど。
救急車の中でも血圧を何度も測られる。今度はちゃんと脇の下で体温を測る。37.8度❗️は!?これまた高すぎる!高すぎるから、
コロナじゃないだろうな?という疑いをかけられ、また色々質問を受ける。白馬の山荘での体温は35.9だったとか、味覚は全く正常だとか、
喉とか咳とかは全く問題ない、と色々言ってみる。
結局、足が折れてる可能性が高いから、そのための高熱だろうと処理された。
入院4日目 足の痛みの引きとともに体温も高すぎた血圧もほぼ正常に戻ってきている。
病院に到着して、まず靴を脱ぐのが辛かった。高いファイントラックのレインズボンもズボンも切られちゃうかな?と覚悟はしてたけど、
レインはファスナーがあるから上手に脱がせてくれた。
←25000円のロスは免れた。まあ助かったんだから、どーでもいい額かも知れんけど、生きてると人間は欲深い(笑)
ズボンと靴下は「こういうのって高いんでしょ?ごめんねー」と言いながらジョキジョキ✂️。分っちゃいたけどショック。でも気遣いが嬉しい。
20000円くらいのロスで済んだ。
レントゲンやらCTやら採血やら、色々検査の連続。もう痛いことばっかり(泣)(>_>)
先生がやってきて、結果が判明する。
私 「すっぱり折れてる?」
先生 「うん すね2本ね、足首の関節までいっとるから、細かくはもっと割れとる」
私 「ポキッと?」
先生 「ポキッとというよりグシャッとや!骨折としては重症な方よ。バイク事故みたいな骨折だよ。だいぶ痛かったなあ。」
(うん。確かに。私の人生で1番の痛い記録を更新した)
私 「帰れる?」
先生 「無理やな」
私 「このまま入院?」
先生 「当前や 数か月はかかるが」
私 深いため息… というか、ヵ月? 週間の間違いじゃないの? ←私はこの時まだ事の事態を全然分かっていなかった。
急患ということで、しばし休息。時計を見たら、すでに21:30をまわっていた。
黒部警察署と家族と電話。
戻ってきて、
先生 「とりあえず足曲がっとるから真っ直ぐにしてから固定するが。ちょっと部分麻酔して直すよ。」
私 「え?何それ?何すんの?」←もういい加減痛いのは勘弁してほしいのよ
先生 「この人の手握ってがんばれ!」
とりあえず手を差し出してくれてる看護師さんの両手を掴む。
ギュイ!ギギガガ!っていう音とともに、信じがたい痛みが!
背中がよじれながら思わず叫んだ。
←なんでこんな中途半端な麻酔?ちゃんとすると時間かかるのかな?耐えれる程度にってことなんだろうか?
「女性は痛みに強いな~ ははは。」← (あのねー、笑ってる場合じゃないだよ!!)
シーネ固定されて、それから、これから動けなくなるからということで尿の管を通された。
もう恥ずかしいも何もあったもんじゃない。でも、実はもうトイレ行きたくて仕方なかったから安心した。
病室が個室しか空いてないから個室ね、と言われ、入院と個室の説明を受ける。なんか書かなきゃいけない書類の山。
「書くのは明日でいいよ」と言われたけど、サイドデスクに書類の山ができた。
もう疲れた。なんでもいいよという感じ。
私 「お腹すいた… 11時から何も食べてないの。食べてもいい?」
看護師 「そっかー いいよ。でも何かある?」
ザックの食料バッグを取ってもらってパンをかじる。
落ち着いて一人になって寝に入ったのは23:30になっていた。
痛み止めを飲んだけど、全然効かない。
結構痛いのがずーっと続いてる。寝れない。
目を瞑って暫くすると、なぜか登山道出てくる。と思ったらジャーキング反応というらしいが、意思とは関係なく居眠りしてて、
身体がビクッと動くやつ、がくる。右足がビュンッって動く。暫く悶える激痛。
4:30 10回目に及ぶジャーキング反応にもう泣きそう。耐えかねて、ナースコール。
観念して座薬を入れてもらって、少し落ち着いて、やっと意識を失うことができた。
5:40 外が明るくなって起きちゃった。
結局1時間も寝れんかった。
入院3日目 動かさなければ、あまり痛みを感じずに居られる。ジャーキング反応も一夜に1-2回くらいで、かなり安眠できるようになった。
なんでこうなったんだろう?
白馬頂上小屋で、北アルプス北部遭難者 今年27人という黒板を見た。
「へーそんなにいるんだー」ってなんか他人事のように思った報いだろうか?結局私はその数字を28に塗り替えた。
コロナで体力落ちてた?もともと?気力の問題?これは今でも自分でも良くわかんない。
気持ちのスイッチがプチッと切れてしまう現象は、自転車のブルベでは何回も経験してる。
600km以上のブルベでは何回もあった。その度乗り越えてきた。でも登山ではこの状態になるには初めてだった。
ブルベの時、そういう時は、100%いつも一人にしてもらっていた。「一人になって復活する女」だった。
今回も「1人になりたい」と喉まで出かかった。けど、ここは舗装車道じゃないし、山だし、安全っぽい登山道じゃなく、
どっちかというと危険ぽい方だし、それはナイと思って辞めた。「要は気持ちの問題なんだから」と思って、
どーにかしようとしたんだけど、注意力と身体の動きは完全にはついて来なかったということかな?
車道を走れば良い自転車とは違う。
まあ、しばらく暇だし、これからどーして行こうか、ゆっくり考えるとするか。
*****後日書き足し*****
あの時、私はかなり感情的にイライラしていた。「なんで今?」とかずっと思いながらめちゃくちゃイライラしていたのだ。自分がピンチになっている現状で、そんなことを考えても仕方がない。なってしまっている現実はそんなことを考えても変わらない。現実を受け入れて、安全に下山するにはどうすべきかを考えるべきだった。乱暴に歩き始めたのは最悪だった。ゆっくり丁寧に歩くべきだったのだろう。時間は14:00。通常あと2時間だから、それよりだいぶ時間がかかったとしても、真っ暗になるまでには下れたはずだったのだ。
まあ、でも、自分の調子が良くなく、思い通りにいかないときに感情的にならずに処理するのは、実際、難しいよねえ。ブルべでもずっとそうだった気がする。ダメになってくるとつい感情的になる。でも、それは命取りになることもあるを覚えておかなきゃいけない。
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ちなみに病室からの景色最高!
夜明け
北アルプス一望。
残念ながら立山は窓の左。ベッドから勝手に1人で立てないから、まだ見れてない。
とりあえず最初の目標は、自由に動いて、立山連峰を毎日見ることだろうか。
病院食めっちゃ美味しい。
食べやすいように、おにぎりにしてくれてるんだけど、富山のおにぎり🍙は海苔じゃなくて、昆布巻き。
「普通のとどっちが良い?」と聞かれたけど、せっかく富山にいるんだから昆布と即答。お米もめっちゃ美味しい。
こんなに毎日ヘルシーな生活してるのは、まだ実家にいた高校生の時以来じゃないか?
看護師さん、先生、みんな富山弁。手術まで「やわやわ」過ごします。退院する頃には、私も染まっちゃっていそう(笑)
皆様、どんなに長い距離、日数歩いても、事故は1秒。






