途中サンプル

 

小題

 

【好きだ】

 

「好きだ」
「好きだよ」
 何も言わない怜音に刷り込むように、土方は何度も語りかけた。
 土方の胸部が怜音のものと合わさり、内部から響くようにドクドクと跳ねる鼓動を伝えてくる。その鼓動はどちらのものとも判別できないほどに混じりあっていた。
 ――自分のものが伝わる恥かしさ、土方様のものが伝わる喜び、段々と大きくなる二つの鼓動が、この幸せが夢ではないことを教えてくれる。
 愛しい。愛しい。
 
「抱かなかったのは、だだそれだけが目的だと思われたくは無かったからだ」
「わからないです」
「そうだよな。俺が簡単に考え過ぎていた。抱かれることが価値だと思ってきたのにな」
 陰間にとって体を売ることは生きることだった。
 求められることが存在意義だった。
 
 頭をぶんぶんと振りながらしゃくりあげるように嗚咽が漏れた。
「生きたいから……」
 そう言うと、開いた口が、そのまま音にならない息だけを繰り返す。
 土方はせかすでもなく、背中をさする手から何かが伝わればいいと抱きしめた。
「焦らなくていい、好きだよ。怜音」
「足を広げ……受け入れることだけが、生きられる条件でした。オメガとして、人のためにアルファを産むこと、それが僕の仕事だったから」
「ああ」
「土方様に……抱かれなかったら、僕、貴方の子供産めないから……そんな僕に意味があるのかなって、そう思ったら」
「そう思ったら?」
 聞き出す様に繰り返す。
「ふと、思ったんです。ああ、土方様には大切な人がいるんだって。|陰《おん》の状態じゃないオメガでは抱いても子供は出来ません」
「……………………」
「だから陰でもないのに、わざわざ、恋人でもないただの道具なんか抱きたくないよなぁって」
「俺は尊王攘夷派だ。別に海の外の国を認めているわけではない」
「知っています、ここに来る前に女将さんに教えられました」
「でも一つ、あっちの方がいいのになと思ったものはある」
「土方様?」
 共鳴していた胸を離し、目と目を合わせる。
 土方が海の外を認める。
 思う事はあっても言ったことは無いだろうその言葉に、重みに、怜音は胸が締め付けられるものを感じた。
「海の外では【陰】のことを【ヒート】というそうだ。陰という言葉は、マイナスを想像させる。【日の当たらないところ】【人に知れないもの】という意味を持つ」
「はい」
「つまりこの国にとって陰は悪い事なんだ。アルファをたぶらかす悪い事って意味合いが強いのだろう。でも……」
「でも?」
「でも、海の向こうではヒートってのは【エネルギー】【熱さ】【温かさ】って意味を持つそうだ。素敵だろ」
「ええ、……………素敵ですね。陰のオメガなんて最悪です。色に狂い、後孔に挿入されることしか考えられなくなる。そんな動物的行為なのに、同じことなのに…………こんなにも、違う」
「ああ、同じことなのにな。本当に、なぜこんなにも違うかと、初めて聞いた時はショックだったよ。この国は閉鎖的なんだと、それを望んでいる自分でさえ、ヒートっていい言葉だと思った。なぁ素敵だと思わないか。ヒートだ、温かいんだ、怜音」
「土方様」
「俺たちの間ではヒートと呼ぼう。だから、これから起こるすべての行為は、決して悪いものではないんだよ」
 土方の肉厚の唇が怜音の首筋を舐めた。
「何も考えられなくなります。ペニスのことしか考えられなくて、擦られて突かれて……」
「温かい行為だ。愛しているからこそ、欲しい。今までのどの男より、絶対に幸せにしてやる」
 怜音は土方の胸に頬をよせ、顔を俯かせ必死に我慢する目頭から涙がこぼれるのを耐えた。
 そんな怜音に土方は存外優しかった。
 震える肩を抱きしめる土方の腕も、ほんのわずか、震えているのが分かった。
「鈍いんだと思っていました」
「怜音、失礼な奴だ」
 嬉しそうに笑う土方に、怜音もつられて笑った。
 いつか離れ離れになることが決まっている。
 この幸せは期間限定だ。死ぬまで一緒に居られるわけではない。
 そんな事二人とも、痛いほど分かっていた。

      ◇

「おはようございます!」
 慣れた足取りでどんどん先を歩いて行く土方を追う様に、慣れない砂利道を転ばないように慎重に進んでいた。
「え?」
「誰あの人」
「オッスって……なんか匂う……。嘘だろ、オメガかよ」
「はよう……ござ……います……」
 言いながら好奇の視線を向けられた。中には匂うとハッキリ言う男衆もいて、怜音は心臓がぎゅっと痛くなった。そんな怜音を気遣う様に、土方が大きく手を伸ばした。
「怜音」
 みんなに見えるように堂々と。伸ばされた手は真っ直ぐに怜音に向かい、引け目を感じるな、堂々としろと目が物語っていた。
 怜音の背中に一筋汗が伝わる。喉が渇きを潤す様に何度も唾を飲み込んだ。
 土方が嘲笑する男衆を威圧するように辺りに一瞥をくれると、ほらっとばかりに再びグイっと伸ばされた掌が一際自分の方に大きく開かれた。反りかえる指先に力が入っているのが見て取れる。
 よたつきながら走り寄り、それなのに太ももの近くで指が躊躇した。
 手を上げれば掴める距離感で、今さらのようにぐずぐずする怜音の手を呆れるように土方が握る。
 無表情の様に見えて土方も緊張感しているのだと、繋いだ怜音の指先に振動が伝わったのを感じて思った。
 
 その一部始終を見ていた男たちは、納得するように口を一文字に結んだ。
 その光景を無視するように、怜音の手を引き土方が砂利道をざっざっとするように歩く。
 行きかう男たちが土方を見てみな作業をやめ、直立の姿勢で頭を直角に曲げた。
 その光景が怜音の心をわずかだが開かせた。
 周りの男たちに小さく首を垂れる。その動作と心境の変化を土方は黙ってみてうっすらと笑みを浮かべると、握る手に力を込めそのまま視線をもとに戻した。
 
「総司はどこだ」
 土方がその中の一人に声をかけると、おそらくは一番奥の道場ではないかと思います。今のお時間はたいていいつもそこにおられますから、と教えてくれた。
 真っ白い建物がいくつも立ち並び、中からは竹刀の音が響きあう。
「やー」
「はー」
 と中から声がする。
 そのどれもを通り過ぎ、だんだん声のしない静かな空間が自分たちを迎え入れた。
 さっき教えられた一番奥の建物の前に来ると、後方の戸が開いていた。
 静かだ――。
 怜音は戸の方へ自然と足が向いた。
 戸のところで土方が足を止める。繋いでいた手のせいで土方の背中にどんとおでこがぶつかった。
 おでこをさするように空いている手で、さすりながら声を掛ける。
「土方様?」
 土方の人差し指が、怜音の口の前に真っ直ぐに立てられた。
 静かに、と言われ口をつぐみ中に目を向ける。
 綺麗な男の人が、一心不乱に剣を振っていた。
 ほとばしる汗がキラキラ光って、こんなにきれいなものを初めて見たと怜音は息をのんだ。
「綺麗……」
 自然に出たであろう独り言に、「キレイ?」土方が反応してクククっとくぐもった声が漏れ、それを合図に剣を振る手がぴたりとやんだ。
「ずいぶん遅いお出ましで、忘れているのかと思いましたよ」
「忘れているわけが無かろう」
 土方に対し、嫌みたらしく言う言葉に似つかわしくない綺麗な顔は、怜音の見知ったものだった。
 ――思い出した。
 振り返ったその男は、あの時気まぐれに助けた男だった。
「お久しぶりです」
「………………」
「どうかしましたか?」
「いえ、…………遅くなって……申し訳ありません」
 見えてしまった。着物の首元にある噛み後から、目が反らせなかった。
 襲われたあの時に噛まれたのかと、同じオメガとして、その痛みに心が共鳴し、怜音は無意識に自分の項を押えていた。
「ああ、これは――」
 

 視線がゆっくりとした所作のまま絡み合う。
 沖田が小さく会釈した。

「怜音さん、こっちに来て下さい」
 沖田に呼ばれた怜音は、心穏やかでないまま道場の真ん中で竹刀を持ちこちらを振り返っている男に向かって、歩き出した。緊張の糸がピンと張る。
 項の噛み後を見てしまえば、たどる末路が手の取るようにわかる。
 自分がオメガであるという、決定的な証拠だ。
「今……行きます」
 反射的に答えているだろう怜音の表情は固まったまま動かず、そんな怜音を土方はどうしていいかわからず黙って見ていた。
「ごめんなさい」
 沖田の目の前まで何とかたどり着き、怜音は地面を這う様に視線を彷徨わせた。
 そんな怜音を見ると、沖田は吐き出す様にため息をつく。
「土方さん!」
 沖田が少々苛立ちをあらわにするように怜音の手を掴む。そのまま自分の胸元に近づけると、大して変わらない身長で動揺している怜音を抱きしめた。
「あなたは何をしているんですか」
 荒げる声にびくっとなるも、声の矛先はどうやら自分ではないようで、少しばかりほっとした。
「突然大声を出すな。怜音がびっくりするだろう」
「どんくさい朴念仁にとやかく言われる筋合いは無いですよ。こんなに怯えさせて」
「怯えさせたのは総司だろうが」
「違います。土方さんの伝え方が悪いから、こんなに不安そうなんじゃないですか」
「馬鹿言うな。きちんと愛していると言ったぞ」
「どうせ、言ったつもりになっているだけですよ」
「あっあの……僕、きちんと言ってもらっています。僕が自分に自信がないだけで、土方様は悪くないです」
 何度もヒクヒク喉を詰まらせながら、伝えるべき言葉をきちんと選んだ。
「怜音さん、あの手の男は庇っちゃだめですよ」
「総司、失礼だぞ。怜音もああ言っているじゃないか」
「君は僕の項を見て心を痛めている。違うかい?」
 沖田の勘の良さに胸が詰まる。
 何が正解なのだろう。何が追い出されないのだろう。
 詰まる喉を掻きむしりたい思いで、自身の喉に力を入れる。
「何が正解か」
 静かな道場に沖田の凛とした声が、張られた。
「え?」
 慌てて顔を上げた。
「何が正解かと思っているんだろう。どう言ったらここに居られるんだろう。どうやったらこの理心流の仲間に嫌われずに居られるんだろう。そんなことを必死に考えている。違うかい?」
 言うなり口を弓型に丸めた。
 笑うと少し幼く見えた。
「どんなことをしてもここの仲間は君を嫌わない」
 嫌われないことなどあるのだろうか。沖田のセリフを口の中で繰り返した。
「君は命の恩人だ」
 ――誰の?
「不思議そうな顔をして、かわいい人だ。そんな困った顔をしないでおくれよ。恩人、僕のだよ」
 沖田はそう口にした。
「あの、さっきのお久しぶりですって言うのは……」
「ん?」
「数日前にここに連れてこられたときに、一度お会いしました」
「そうですね」
「あの時はきちんと顔はわからなくて、えらくきれいな人だなと思っていて、それにも気が付きませんでした」
 それといった怜音は視線を項に向けた。
「ああこれ?」
 項を手で隠した。
「お久しぶりです。って言うのはあの時、格子の中の君と目が合ったからですよ」
「やっぱりあの時の」
 気まぐれに助けた発情したオメガ。
「で、君はなんでそんなに不安そうなの?」
 オメガと思えないほど沖田は凛としていた。
「怜音は、俺とお前の関係を疑っていたんだ」
 見たこともないほどの嫌そうな顔がそこにあった。
「そんな顔をされるのは心外です。そもそもその顔は僕がするべきでしょう。僕土方さんみたいな朴念仁、絶対に嫌ですよ。発情したってセックスなんかするもんか」
「発情したら相手が誰とか関係なくなるもんだ。それがオメガだろ」
 むっとした土方がそう言うと、無神経! そう言うところだよと嫌味が簡単に返ってくる。
「それが嫌だから、番ってもらったんじゃないですか」
「どこの誰ともわからない奴と番いやがって」
 土方が声を荒げると
「馬の骨と番ったりするものか。分かっていますよ」
 と沖田が冷静に返した。
「誰だ」
「誰だっていいでしょう。ヒートの時は詮索しない。ルールです」
 
「ツガイさんがいるんですか?」
「ええ、いますよ。あんな朴念仁じゃなく、大人な優しいアルファがね。ツガイがいるとフェロモンが番以外に作用しなくなるんです。稽古がやりやすい」
「それは、聞いたことあります。僕には一生縁のない事ですけど」
「何で?」
「番ったらほかの人の子供ができなくなってしまう。僕に決定権はないんです。産むのが仕事ですから」
 
 土方は道場の端で懸命に刀を振る。
 飲み込まれる感情にふたをした。

 怜音は土方が何を考えているのだろうかと、気になって仕方がなかった。
 一緒に死のうと思ってくれたら、いいのに。
 思ってもみなかった感情に、自分自身が困惑した。
 ――僕はいったい何を考えているんだ。

 

 

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 今は二巻制作中です。

 夏祭りに行かないままもう九月だなぁ、と思ったらちょっと寂しくなりました。まぁ祭りが好きって訳では無いのですけれど、縁日は好きなんですよ。

せめて高雄と生方だけでも、いかせたいなぁと

ラフ画を夜中に描いてみました。

これは線画にしたものです。

透明水彩で明日塗る予定。

 

二巻に番外編を入れようと思っています。

 

 

高雄(以下えー)「あーあ、金魚全然掬えなかった」

生方(以下爆  笑)「すくえたぞ」

えー「え?」

爆  笑「ほら」

えー「僕ができなかったから二匹にしたのかよ」

爆  笑「いや、ほらこの金魚お前みたいでかわいいだろ。高雄に似てる」

えー「似てないよ。もう、じゃぁこのもう一匹はなんなの?」

爆  笑「この金魚の周りから離れなかったんだ。俺みたいだなとおもってな」

えー「ばかじゃないの?」

爆  笑「ああ、金魚になってもお前のことが好きらしい」

 

高雄似の金魚が誰かにとられるのが嫌すぎて、掬えるまでやって、それなのに全然掬えなくて、屋台のおじさんに「しょうがないから二匹やらぁ」って言われてそう。

 

妄想です。

高雄が飲んでるのはスイカシェイク

 

あー飲みたい