沖縄で社交ダンスを始め、先生とサークルの小さな世界で楽しんでましたが、その先生が競技会なるものに参加するというので応援に行くことになりました。

ABCD123456という10の級があって、以前に個人レッスンを受けるように勧めてくれた60代の男性が6級、先生が教室のオーナーの息子さんとC級に出場。

自分たちの中では上手だと思っていた人が最下層の6級でも勝てないことに少しショックを受け、美人の先生と競技に参加した高校生のオーナー子息をうらやましく思ったものです。

そこでかみさんと競技会にでることを考え始めましたが、6級惨敗の人にも叶わない身としてはどうやってうまくなろうとネット検索をすると、JDSFの技術認定なるものがあることがわかり、とりあえずそれを目標にしようと考え、その説明会に参加しました。(当時はJBDFとか全く知りませんでしたし、教師資格なんてとんでもない状態でした。)

それからJDSF技術認定のためのサークルに通い、JDSFのA級B級の方に教わりながら、技術認定1級を目指して6級からコツコツと積み上げていったのが沖縄でのダンス生活でした。結局2級までで転勤のため、沖縄を離れることとなりました。

 

2年くらい経過したことには公民館でのダンスパーティなるイベントに参加できるまでにはなったのと、サークルのパーティで化粧した妻の顔がわからなかったことと、お願いしてパーティに参加してもらった妻が、見知らぬ男性の心ない一言でダンスをやめてしまったことくらいが沖縄時代の思い出です。

次は千葉県編神奈川編ですが、まだ近い話ですので、かなり端折った内容になるかと思います。