恋人でも友人でも知人でも、
血縁関係がない他人に起こったことを自分に置き換えてしまい、無駄に悩むところ
これが自分の良くも悪くも欠点だと思う。
わたしの性格は父上8割、母上2割
母上は、わたしの良くも悪くも欠点とする部分があり過ぎた人間で、なんなら9割くらいがそれだったから、病気になってしまったんだなあ、と今にして考える。
わたしはやる事なすこと、考えること、そして色々なシチュエーションによるポジションでさえ、10割父上似だと思っていたし、父上も母上もそういっていたけど
母上がいなくなって、自分でその穴埋めをしようとしてるのか、もしくは潜在的にあった意識が頭角を表したのか随分母上に考え方が似てきたと思う。
他人に起きる事象を自分に置き換えて悩み過ぎ無駄につかれる悲しくなる
いつか自分に同じことが起きてしまったら...ifを考えすぎて無駄につかれる悲しくなる
他人の期待以上を返そうとしすぎる、無駄につかれるハードルがまた上がる
この3つは優しさではなく、ただただ自分の首を締めているだけというのが分かってるのになんでこんなやめられないんだろう
さらにその優しさまがいのものを他人に押し付けるのはもっともっとよくないのになんでこんなにやめられないんだろう
こんな冷静な自己分析が出来るのに!
わたしは絶対病気になんかならない自信ある、って思ってたけど豪語していたけど、誰にも可能性なんて否めないよなあと思うし
父上の発言で何もかもが覆される。悲しくなる。
わたしは好きな人が生きてるから会えるけど、1週間会わないだけでも会いたい!ってなるのに、父上はもう一生会えないんだと思うとそれが1番苦しい。
わたしだって母上にそりゃあもう、一生分の幸せと換えてまで会いたいと思うけど、でも、父上のがきっとわたしの、それこそ数値にしきれないくらい会いたいんだと思う。一緒に生活していてそれはもう心から思う。
父上は母上のことが大好きだったし、母上も父上のことが大好きだったし、絵に描いたような幸せ家族だったのに、どうしてこんな風になったのか、まあ考えても考えても答えはないから考えないようにしているけど
2月10日を前にしてじわじわと苦しくなる
最愛の人を亡くした父上
誕生日直後に事が起こってしまった末っ子
現場を見てしまった長男
自分達がしっかり見ていれば、と悔やむ祖父祖母
仕事中で全てが終わってから知った私
全員辛くないわけがない、一生忘れられる訳がない。
母上に似ていくのは誇らしい、だけど、似るべきでないところも間違いなくあるし、母上もそれを望んでない。
自覚があるんだからしっかりしろわたし。
世の中には楽しい事がいっぱいあるんだぞ、いつまでもヘラっているばやいではないのだぞ。
さー頑張ろ
言葉にするのはすっきりするな
yui
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