=花の都大東京=

眩しいだけの東京の夜を新幹線の窓から見ていた。

隣に座る会社の先輩がぽつりと言った。「人の数だけ明かりがあって、明かりの数だけドラマがある」。

アホがテレビの見過ぎで東京はそんなドラマチックな街だと勝手にイメージしているのだろう。

俺はここを「生温く臭い風が吹く街」と感じていた。

さすがに感心するのは、どこに行っても飲食店が混雑していること。知らない人の隣に座り、周りを気にせず自分たちの居場所にする事が出来る東京のスタイルには今でも馴染めない。だから食事をするのにもけっこう気を使う。

それにしても人が多い。

満員電車は田舎暮らしでは経験したことがなくかえって楽しかったが交差点の人ごみは怖い。まっすぐ進む予定が人の波に押され右へ左へと流されてしまう。東京の人は歩くのも早い。地方に住む人より絶対に足腰は丈夫に違いない。

この街に就職した親友が「東京の人は田舎の人よりも絶対にやさしい」と言っていた。

それは田舎の人は困っている人を見て見ぬ振りをするけど、東京の人は困っている人を助けられる状況に自分がいれば、いろいろ親切にしてくれるから。でもなかなか助けられる状況にはならないらしい。実際、俺も傘もささずに雨の中を歩いていたら、知らない人が一緒にどうぞと傘の中に入れてくれた事があった。

マスメディアが伝える東京は極端な一例でしかなく、またそのネタを繰り返し流すので間違った東京のイメージが出来るのだろう。特に夜の新宿歌舞伎町は恐ろしく危険な街だとか、日本の縮図、逆に日本の中の異国として紹介されているが、実際、怖いことはほとんど無い。渋谷だって若者でいっぱいだけどちょっと離れた量販店に入れば、地方のホームセンターと何ら変わりは無い。

東京に来てわかったことは、この街には本物もしくは限りなく本物に近いものが在るということだ。カレーが食べたくなったらインド人が作るカレーが食べられるし、音楽が聞きたくなったら、どこかで一流のライブは行われている。欲しい物だって面倒なく手に入れることが出来る。

欲求のほとんどが、ここで消化できる。

思い出して見れば、就職を考えたとき東京という場所は選択肢の中にあった。当時、得る情報のほとんどがここから発信され、東京の生活は憧れだった。東京に就職した先輩たちはそれなりに洗練されたファッションに身を包みベタな高級車で帰省してきた。特に初めて帰省したときは言葉の変化も激しく、それを迎える地元組は、本人が数ヶ月前と激変しているため何故か恥ずかしい出迎えをする事になる。

東京で働けば金持ちになれてオシャレな生活が出来ると思っていた。東京=華やかな芸能人。ブラウン管の中に夢見る生活。

でも当時、東京で働く勇気は俺にはなかった。

そして今、何十階かわからない高さのホテルで食事をしている。周りには財界の大物が普通に飯を食っている。こうゆう場所は人が多くてもうるさくないから楽だ。

死にたいくらいにあこがれた花の都大東京は今、窓の下にこれでもかと言うほどきれいに輝いている。

ずっと遠くまで輝いている。

あの頃恥ずかしかった標準語も今では普通に使っている。数十年前は空だった場所に今居ることに何の不思議も感じはしなかった。

ビルの中に大勢の人が吸い込まれていく。 表情は見えない。
人には思えなかった。