ツイッターやネットのニュースを見て
ん?違うな
と思ったら同じように感じている人はいないのかなと検索すると、同じように違和感を感じている人もいて、自分だけじゃないんだと安心してしまう。逆に丁寧に解説してあったりすると、そうなんだ〜と自分の考えを訂正することもある
ネットやツイッターの情報は見出しの部分だけでは勘違いされる表現も多く、最後まで記事を読んでみなければわからない事も多い
まぁそもそも事実ではなかったり、自分の感想をツイートしてる場合もある
さて…
自分は「人それぞれ」という言葉が苦手で頭の中ではそう思っても極力口には出さないようにしている
美容や健康、料理や音楽なら「人それぞれ」という考えは大切だと思うけど、例えば何かの問題解決の話し合いの場合「人それぞれ」と言ってしまえば
ハイ終了〜!
みたいに感じてしまう
「人それぞれ」は多様性を認め柔軟で優しいイメージもあるけど、全ては個人の責任であるとか、その問題を解決する方法はないと宣言しているようにも感じる
状況によってはやんわりとその話は持ち越しましょうって意味で「人それぞれ」と言う場合もあるけど実際に「人それぞれ」だから云々と言う人にあなたの考えは?と問うと、無言になる事もあった
自分には「人それぞれ」は無責任な言葉に感じるし、何かの相談を受けた場合は「人それぞれ」という言葉を使う事はない
誰かが「人それぞれ」と発言したらそれ以後は何も言わないようにしている
なので!
自分の場合、人間関係が上手く行かない事も多く、更に問題を先延ばしにする事もできず最終的に問題解決の為の回り協力が得られない事も多かった
ただただ強引で面倒くさいおじさんでしかない
そこで…
問題を提起して皆で悩んで問題を共有して実際は何もしないという無責任な状況をどうやって作らないようにするかと、過去の反省も含めて考えてみた
先ずは自分の考えを見直す
「人それぞれ」
と言う言葉を
「人それぞれのものさし」
に置き換えて受け止める。
そうすることで回りに対しての伝え方がかなり変わる(自分の場合はですが)
問題を議論する事ではなくその問題を解決する事。
話は変わりますが…
〇〇です。と言うとそれは△△という事ですね。と言い返す人がいる。
そうじゃないと言ってしまえば相手は嫌な気持ちになるけど、勘違いをされたまま話しを続けるとどんどん脱線してしまうところが難しいんだな涙
また
士業の人は〇〇です。と言うと、という事は▲▲と言う事ですね。と自分の都合が良いように解釈して相手を詰めるようになる場合が多い
自分の場合はキッパリとその場合は違いますと言えるけど、相談してる相手が弁護士とかになると、結果的に本当に相談したい事を伝えられない事も多い
話が脱線してしまいました笑
今後は「人それぞれのものさし」を大切にひとと接して行こうと思います。
