難しいなぁ | 朝永皓乙の耳に残るは君の声

難しいなぁ

ちょっとばかり発想が貧困だと思った昨日でした。

昨日のレッスンは、台本見てエチュード。

文字を読んだ瞬間に素に戻るので、2度目は台本見ないでやったら台詞が飛んだので流れだけでアドリブでした←

人目に触れる舞台上、やっぱり見た目にイメージが先行するんだなぁって思うと、自分が出来ることと自分しか出来ないことの領分て狭いなぁって感じます。

客席が見れないという謎の症状←

別に客席ずっと見てなきゃいけない訳じゃないんですが、うっかり背中向けたりとか。

場慣れしてないからか、飲まれてるからか、相変わらず余裕のよの字もありませんが、経験の差かなぁ?って思いつつ、レッスン仲間の芝居を見てました。

飽くまでオーソドックスに、ベースを変えずにパターンを変える。

同じ台本でも演者と演出家で見せるモノって変わってくるんだなぁ…と。
読み込みも甘いけれど、それ以上に構成力が弱いかもしれないなって思いました。

ぬん。


今日は、青年座さんの『父の燃える日』を見ました。
青年座さんは単純に安心して見れるので好きです。
内容的なものではなく、雰囲気的な問題で。

内容もとても面白かったですよ。

臭いものに蓋をしても、それがそこにあるってことは変わりなくて、相手をどう思っても、そこで切れる縁でもなくて。
綺麗事じゃなくて、嫌だって思うことなんて数えればどんどん出てくるけど。

自分にとってのその人は、その人しかいない。
たまたまでも、偶然でも、気まぐれでも。


全部、自分が選んだこと。

昔、親と喧嘩して、
あんたなんて生むんじゃなかった!
って言われた時、
好きであんたの元に生まれたんじゃない!子供は親を選べない!
って言ったら←
親だって自分の子供を選んで生んでる訳じゃない!
って切り替えされました。

まぁ、確かにと思いつつ。

でも、赤ん坊は神様に生まれる前にどこに降りたい?って聞かれるんだそうです。
親も子も、宿縁があって。

互いが成長し、許し合うために軋轢を生む相性の相手と家族になるんだと。

一番小さな世界の単位で、そこで大きな世界への触れ方を学ぶので、家族を大事に出来ない人は、友人も自分自身も大事に出来ないよって言われました。


あ、ちなみに大喧嘩は何度かしてますが、うちの場合はお互いに相手が憎くて言ってる訳じゃないって分かってるので問題ないです。

ちょっと売り言葉と買い言葉が自重しないだけで、本気じゃないですよ(笑)

さて、そんな構成力がないんじゃないか?と思われるゆきとですが、今、ちょっと書き物をしています。

小説やシナリオを書いたことはありますが、今までとは勝手が違うので悩んでます。

まぁ、悩んだ分だけ精緻なものが出来るだろうと楽観してる部分はありますが。

やっぱり慣れないことは難しいですね。