ぐんにゃり | 朝永皓乙の耳に残るは君の声

ぐんにゃり

この前、地上波でボルケーノという映画をやってまして。

NYの街で、突如プレートから吹き出した熔岩と戦う男。

的な。

アメリカナイズな壮大なストーリーです←
インデペンデンス・ディだったり、コアだったり。
最期の日が好きなんでしょうか得意げ

カリフォルニアでは毎年山火事が起きるそうです。
東岸の街では毎年津波の被害があるそうです。

でも、住んでる人は自分達の居住区の危うさより、他の地区の心配をするそうです。
他の人の心配をして、自分達は大丈夫って安心するんだとか。

そうでないと、不安で仕方ないので、恐怖っていうものを別の対象に肩代わりしてもらうんですね。

人間て、自分が対処しきれない恐怖と直面すると、
逃げるか、逆上するんだそうです。

だから、アメリカ映画はああいうヒーロー物だったり、自然VS人間=勝者:人間みたいな物が多いんでしょうか。

考えてみると、大体いつも人間が根本的な原因になってる映画が多いですよね。
悪役がハッキリしてるっていうか。

話し戻しますが、作中で何度か、自分が生きるか死ぬかの瀬戸際で他人を助けるかどうかの選択に立たされるシーンがあります。

自分か相手しか生き残れない場合。

相手を見捨てれば自分は生き残れる場合。

自分は安全な位置にいて、相手を助けるために命を失うかも知れない場合。

作中は身を引き替えても皆が助ける方を選択しました。

でも、なんか、

先ず自分達の街を助けてくれって言ってた黒人の方が言い分的には親しかったかも。
KYではあるけど。

数m先まで溶岩が迫ってて職場放棄しない消防士達の方が尋常じゃないなーって。

集団心理ですよね。

あれ、誰かが放棄したら雪崩的に皆逃げると思う←

あと、鉄道職員が死にかけてる同僚を助けるために、自分は熔岩に落ちるってシーンとか。
極限状態でそれが出来る人って中々いないな、と。

夢のない見方しててすいません(笑)


韓国の実験で、困った人が居たら助けるかどうかっていうのがあって。
一人でいると助けるのに、複数でいると自分だけじゃないとか、他の誰かがって意識で助けないっていう人が多いっていう結果があって。

人間は常に、何かをしながら生きてるので、気持ちのベクトルに慣性がついてるのですよ。
それに対して何らかのアクションがあった時に、慣性から外れてベクトルの向きを変えるんですけど、
複数人でいると複数人分の慣性。
えーと、力の方向性×熱量×人数ですね。

リアクションするためには一旦、この慣性を止めるんですけど、
人が多いと力量も多い訳で、一人で対処するのは物凄い労力なんですよね。

何事も第一人者は大変なものですが、地動説にしろ宇宙力学にしろ、目に見えない物に関して、世間の常識っていう大多数の他人の偏見を覆すっていうのは、
物凄い熱量だなって。



そうそう、義姉が妊娠してまして、「まだ新婚なのにね」って言ったら「タイミングですからね」って笑ってました。
もうすぐ4ヶ月です。

見た目も才能って先生に言われましたが、妊娠するのも才能だと思います。
あと、運命ですかね。

僕は偶然の重なりが運命ではなくて、必然の積み重ねが運命だと思っています。

才能とか資質とか、1%あれば後は本人の努力次第。
変えられない運命なんて、ないような気がしてます。

まぁ、でも、人によってはそこに1%の才能も持ち合わせてない場合もあるんですよね。


僕はあれですよ。
DEXとかLUCKのバロメーター高いのに、STRONGとかINTは低い生産系ですよ。

でも、まぁ、バランスよく丸くなるよりは、何か突出した物を究めていきたいですね。

頭良い方じゃないので、あんまり難しいこと考えられないし。

やりたい放題してるので、母親からはアウトローと言われました。

余所様に迷惑掛けないようには生きてるので、見逃してほしいです←
親孝行はまだ先かなぁ…。
心配かけないように頑張りますニコニコ



*ゆきと*