知り合いから、
「病気だったんだね。じゃあ、前から覚悟はできてたんだね。しばらくは寂しいね」
と言われました。気遣ってくださってるのは分かるのですが、大事な人が亡くなるかもしれないときの覚悟ってなんだろう。
確かに、その時が来るときのための物理的な準備はできるかもしれないけど、その人が言っているのは精神的な覚悟のことだと思うので、どうやって覚悟するんだろう。
その人の言う覚悟が出来ていたら、毎晩泣くこともなかったのかな。
他人から見たら、私は「夫を亡くした人」という一言なんだろうけど、私からするとただ夫を失っただけではないのです。
私が失ったもの
愛する夫
ご飯作って一緒に食事をする時間
手をつないで一緒に買い物へ行く時間
喫茶店に行って一緒にお茶するパートナー
お酒飲みながら好きなテレビを一緒に見る時間
映画館や旅行に行って一緒に楽しむパートナー
困ったことがあったら相談できる相手
おはよう、いってらっしゃいなどの声を掛け合う相手
一緒に笑ったり悲しんだり、共感してくれる夫
ダメなことはダメと叱ってくれる夫
私に優しい夫 愚痴を聞いてくれる夫
私のことを一番に理解してくれている夫
私は愛する夫を失いましたが、同時に夫と過ごす時間や未来、生活を失ったのです。
これらを失うかもしれないというときの覚悟の仕方を今も私は分からない。
今は失ったものの大きさにどう向き合えば良いのか・・・
涙が流れない日というのはまだ一日もありませんが、我慢せずに泣けるだけ泣こうと思います。