「シカト」という言葉がある。
最近ではいじめの一つの手段として使われているのを、よく聞く。
私はそういった行為をしたこともないし、されたこともなく大人になった。
が、嫁いですぐにこれを初体験。
本当にびっくりしたのだけれど、嫁いだ先の義母はそれをする人だった。
それは突然始まり、大概一週間ぐらい続く。
最初は何が何だかわからなかったけれど、何回か経験していくうちにパターンが分かった。
主人が義母に反抗する→義母は私が後ろで糸を引いていると思い込む→私をシカトし、子供にあたる。
無論、生きてきた環境も年代も違う私だから、気に入らないだろう事も多々あり、それがシカトに及ぶ事も往々にしてあった。
兎に角自分のモノサシから外れると、同居していた自分の盲目の母親にもそれを行使する人だった。
狭い家の中。
嫌でも一緒の空間にいなければならなかったから、私は地獄にいるような感覚で、過ごしていた。
それは子供たちが成人してからも続き、ある日私は意を決して義母と対峙し、シカトされることの辛さ、苦しさ、どれだけ重い気持ちで日々を過ごすのかといった、私の気持ちを話させてもらった。
その日から義母のシカトは、なくなった。
それから数年後、義母は亡くなる。
すると、、、、、今度は主人がその「シカト」を継承し始める、、、、、。
ほんの些細なことでも自分の意に添わないと、すぐ無言が始まる。
(あらァ、お義母さんそっくりだわァ。親子ねェ)
もう、私の中には深刻さはない。
まあ、気のすむまでやっててください、、、といった感じで、笑ってみている。
が、私は考えなければならない。
義母にしろ主人にしろ、目の前にシカトという状況を作り上げているのは私。
私は自分に何を教えたいのだろう?
私の中に、人をコントロールしようとするエネルギーがあるのだろうか?
無言の圧力を、誰かにかけていることがあるのだろうか?
いや多分、一番可能性があるのは私が自分の言いたいことを、オープンにしていないこと。
我慢して何でも胸の中にしまい込んでしまう、親から受け継がれてきたこの性分。
これがあるうちは主人のシカトは終わらないだろうと思う。
言いたい事を口に出さないというやり方をずっと続けていると、当たり前になり過ぎてどこまで口にしていいのかが判らなくなっていく。
終いには自分の本心すら見えなくなっていく。
どちらも自覚あり。
何でもかんでも言えばいいというものでもないけれど、せめて自分が苦しくなるようなことはしないようにせねば。
口に出さねば人には伝わらない。
それは身近にいる家族だって、そう。
私は無意識に家族すら信頼せず、心の中で相手の存在を無視していたことになるのかもしれない。
口に出すことの何が怖いのか自分の心と対話して、少しづつ自分を開示していこうと思う。