5年前の同じ日(20131226)、
書き残してあった記録。
何があったのかは、不明。
恐らく何もなかったのですが。
ただ、この一連の文章に、
わたしの表現したい物が如実に表れている気がして再掲します。
加筆はないですが、
改行・表現変更等、多少体裁は整えました。
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みんな、そう。
何て言う言い方は、大嫌い。
けれども、みんな。みんなそう、なのだろう。
失って得て別れて会って壊して作り捨てては拾い泣いて笑って悲しんで楽しんで憎み恋し愛して生きて生きて、生きて、そして。消えて行くの。
みんな、そうなのだろう。
みんな、去って行く。
みんな、失って行く。
みんな、どこに行ってしまうのだろう。
うしなったものは帰って来るのか。
それを信じるのか。
それとも何かに誤魔化されるのか。
それを拒んで失った後に得た空虚を愛おしんで生きるのか。
様々にある選択肢は、
どれを選んでも良い筈なのに。
いつも同じものしか選べないのは何故なのか。
そんな思いに押し潰される心が、
本当は何を求めているのか知っているけれども。
それを叶えてあげられる日はまだ先にある。
まだ、生きて行かなければ。
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これまでの生で、
喪失を味わうことのなかった人などいないのでしょう。
遠い昔にあなたは言いました。
「この世の物語はすべて喪失について書かれた記録だ」
ずっと、
悲劇が嫌いでハッピーエンド以外の物語を拒絶していたわたしには受け容れ難かったその言葉に。
わたしは、精いっぱいの虚勢で、
「それならわたしはあなたの喪失に、
何かを付け加え続ける、ずっと。」
結局わたしはあなたを捨て、
物語は到底ハッピーエンドでなくなったのはとても皮肉なことですが。
それでも今でも信じているのです。
その喪失から立ち上がる力があること。
人生は、絶望だけではないと言うこと。
わたしは、あなたの物語が写したい。
喪失から再生に続く物語のすべてを。
