人は選択肢が多いほど、意志決定に時間がかかり脳が疲弊する。
・・・そうですが。
それでもなお、迷う楽しみを捨て切れずにいます。
とても優柔不断な人間でした、わたし。
ファミレスのようなメニューの多いところへ行くと大変で、時には10分、15分でも簡単に悩めます。
幾つかの選択肢に良い部分、悪い部分があることを熟考し、それぞれを天秤にかけ比較し、もう一度ほかの選択肢にも目を向けて、、、
正直、面倒な人間です。
けれど、ある時楽になる方法を学んだのです。
とにかく瞬時に決断すること。
間違えたのなら、謝れば良い。
気に入らなかったらもう一度挑戦すれば
良い。
人生は実に単純で。
実際には「絶対に取り返しのつかないこと」はそうそうは生じない。(不可避の事故を除く。)
それならば悩むより、先に進む方が良い。
で。
人生は劇的に変化しました。
即決ってすごく楽。
選択それ自体にいかに労力を使っていたのか、と反省することしきりですけれど、
いえ、
勿論まだまだ一瞬悩んだり、立ち止まったりしております修行中の身ではありますが。
一方でやはり、迷う楽しみが依然としてあるのだと思うのです。
それは人間らしさや豊かさと呼ばれるようなものの仲間。
ただし、選択に迷うときって。
例えば、するか/しないか、Aか/Bかの二択しか選べないとしたら。
これは選択ではなく脅迫です。
個人的な感想ですが、こう言った脅迫は、自分にダメージを与え続けて蓄積されていくものだと感じています。
ですから、まず、たくさんの選択肢を用意すること。その上で。
自分で選び取れること。
自由があると言うこと。
先日の、みちくさアートラボさんワークショップ。
わたしの4時間の選択結果がこちら。
何を選んでも良い。どこまでも自由。
(とは言いつつ、時間は限られていた為かなり焦って決断しました。)
たくさんの可能性の中から1つを選び取る。
その楽しみを、すべて捨て切ってしまうのは、やっぱり勿体ない。
たくさんの選択肢があればあるほど、選ばなかった選択肢についての後悔が残り、結果に対する満足度も低下する。
・・・そうですが。
そうだとしても。
満足しないからこそ。
次へ次へと進めるのだと。
迷う楽しみ。
瞬時に選択していくという一種挑戦的な日々の中でも、たまには思い出していたいものです。
・・・そうして。
我が家には、先日また新たなお花が届き。
今までにこつこつ集めていたお花もあって。
遂に大きめ段ボール一箱にぎっしりと。
(写真に撮るため、昨日書いた防湿ボックスの梱包されていたAmazon段ボールに詰めてみました。)
もう食卓の上にでさえ乗り切りません。
どなたかわたしと一緒にお花選びに悩む時間を過ごしませんか?

