能は舞という動きで何かを表現します。
その最も強烈なのが、序の舞です。
序の舞で何を表現しているの?
と、問われたら、もしかしたら、何も表現していない、というのが正解なのかもしれません。
ただ、私は常々、序の舞も役や演者の意図がわかるような演技をしたいと、思っています。
来年3月1日の粟谷能の会で勤める『伯母捨』では老女の霊が「序の舞」を舞います。
中秋の名月と共に姨捨山に現れた老女の霊は、月を愛で自身も喜び舞を舞い、都の者の月見をより楽しませまるように語り舞います。
この序の舞、囃子方(太鼓も入る)が囃すだけで舞うもので、謡はありません。
謡が入らない舞は、抽象的で、無機質な感情のない動きになる危険を持ち合わせていますが、優れた演者の舞は内に秘めた思いがしっかり伝わって来ますから不思議です。
私もこの序の舞で、シテの喜びと報謝の気持ちが伝わるように勤めたいと思っています。
老女の霊は、ゆったり、ゆっくり、と舞います。
通常の足拍子は、老いのため踏めません。
舞の途中で膝を曲げて腰を少し落とす動作がありますが、これは足拍子を踏もうと試みても体力が無く足が上がらない状況と解釈してご覧下さい。
『伯母捨』は正直、若い方にご理解いただくのは難しいかもしれません。
勿論、お若くても楽しめる作品であるとは思いますが、やはり孤独感、死への思いなどを身近に感じるようになると、心に響き残るものがあると思います。
昔、JR関係のホテルはターミナルホテルと呼ばれていましたが、ターミナルとは終着の意味を持つことから、今はグランビィアホテルと改名しました。
なるほど、終着や死を遠ざけたいのは分かります。ですが、終着駅を身近に思うようになるお方は、私もそうですが、月光に照らされた清浄な老女の姿に、ある種の憧れを抱いてご覧いただけるのではないかと思っております。
若い方も年たけた方も、多くの皆様にご来場いただきたく、ご案内申し上げます。



