5月23日(日)の「喜多流自主公演」は予定通り開催いたします。
 
但し、既に予約されていらっしゃるお客様のみのご入場の制限付きとなりますこと、ご了承の程よろしくお願い申し上げます。(チケット販売は停止しております)
 
私はこの5月公演にて、初めて能『小塩』を勤めます。
先ず能『小塩』のあらすじを簡単にご紹介いたします。
 
桜満開の大原野(京都)で花見をしている都人(ワキ)の前に、桜の枝をかざした老人(前シテ)が現れます。
都人は老人に声をかけ、二人は桜花を共に愛でますが、老人が
 
「大原や小塩の山も今日こそは
神代のことも思い出づらめ」
 
と、古歌を詠むと都人はその歌の作者を尋ねます。
老人は二条の后がこの大原野に行幸された時、在原業平が后との昔の契りを想い詠んだ歌だと答え、そのまま名乗らず夕霞の中に消えてゆきます。
(中入)
都人は先程の老人が業平の霊であると判ると再会を待ちます。すると花見車に乗った業平が現れ、自らの和歌を詠じて舞を舞います。そして二条の后に供奉してこの大原野に来た昔が忘れられないと語ると、春の夜の夢の如く消え失せてしまうのでした。
 
能『小塩』のシテ(主人公)は在原業平です。
在原業平は平安時代の歌人で、美男子(イケメン)で色好み(プレイボーイ)の貴族と知られていますが勇猛な武官であったことは意外と余り知られていないようです。
 
顔よく、スタイル良く、弓は上手く力強い、頭はそれほどでもないが、歌はめちゃくちゃ上手い!
となれば当然、艶福家でありました。
 
在原業平の父は平城天皇の皇子、阿保親王ですが、嵯峨天皇との対立に敗れ、太宰府に左遷させられます。その後、都に戻りますが皇位継承の争いを避け臣籍降下を願い出て在原朝臣を名乗ります。業平は五男で最後は中将の官位となりました。
ここで面の話をいたします。
喜多流は前シテは「三光尉」 後シテは「中将」と呼ばれる面を使用します。「中将」の名称は業平の官位から来ていますが、眉間の皺はモテすぎる苦悩が表現されていて、魅力的で私の好きな面の一つです。
15世喜多実先生が『小塩』を復曲された時に「源氏」と言う若い光源氏を思わせる面を使われました。
私も真似ようか、と思いましたが、どうしても苦悩している表情の方が業平らしく思えて今回は「中将」を使用するつもりです。
先ずこんな事を考えながら『小塩』の稽古をしております。
 
つづく