女の子へ、小さな恋心を持った小学校時代

大学時代の一寸大人びた、恋物語

結婚してからの夫婦愛

そして親となり子を思う親心まで

すべて、お互いの気持ちが通い合えば上手くいく、のだが・・・
そうはいかないこの世の人、人、人。



『木賊』のシテ・老翁は生真面目で頑固一途な父親だ。

「自分の信じるものに間違いなど無い!」

「私の言う通りしていれば、幸せになる!」

「無駄な事はするな、余計なことは考えるな!」

と、口うるさく周りに喋っていたのではないだろうか?

能『木賊』は、老いた父親の我が子への一方的な思い。
片側一方通行の愛をテーマにしているが、これは現代にも通じる事で世阿弥はやはり優れ者!と今演能レポートを書きながら感心している。



『木賊』の謡の詞章の大半は父親の言い分が占めている。
子の言い分も屹度あるだろうが、そこには故意に光りを当てない演出だ。

今回63歳で大曲『木賊』を披き男親の気持ちを演じる状況に立たされ、ほんの少し能『木賊』が判ったような気でいる。

正直に本音で言う、
能を解るには時間がかかる。

能はそう簡単には分からない厄介な演劇だが、じっくりと考えてご覧になり、演者はしっかりと自分はなにを演じるのか、を知って勤めれば、屹度観客と演者は通じあえるのではないだろうか。

能は愛情と同じ、一方通行では成立しないようだ。

写真 能『木賊』シテ 粟谷明生

写真提供 吉越 研