3月3日(日)、第102回 粟谷能の会にて能『木賊』を披きます。
難曲、秘曲とされている『木賊』を演者の立場から舞台の進行にそってご紹介いたします。

信濃国 伏屋の里で育った松若(子方)は親に内緒で出家しましたが、 年月が過ぎると故郷の父の事が気になり、師の僧達と故郷の伏屋の里を訪れます。
そこに、老翁(シテ)が従者(シテ連)を連れて木賊を担ぎ登場し、秋の伏屋の里の風景を謡います。
僧が老翁に狩り持っている木賊の事や坂上是則が詠んだ
「園原や、伏屋に生える帚木の ありとは見えて、逢はぬ君かな」(新古今集)
の歌の事を尋ねると、老翁は帚木が本当に遠くからは見えるが近づくと見えない、そのように歌人が知って詠んだのだろうと言って、その場所へと僧を案内します。

私は、この歌が能『木賊』のテーマである「親の心、子知らず」と解し、「子は親に薄情だ」と怒る父親の一方的な思い込みとリンクさせて構成・演出している、と思っています。

老翁が僧達を自宅に一夜接待する旦過(たんが)に誘い、自宅に招きます。そして老翁は自分には子が一人あるが、往来の僧に誘われ(いざなわれ)失って(行方不明になって)しまった、それ故に旦過を建てて往来の僧を留めていると、告白します。
ここで前場は終わり、シテの物着となります。
さて、いよいよメインの後場です。
従者が 「老翁はおかしな振る舞いをするかもしれないが、くれぐれも気をつけてほしい」 と言い、その場を去ります。

そのとき松若は「只今の老翁は父親です」とそっと明かし、僧も喜びますが、
松若はなぜか「まだ再会させないでほしい」と僧に頼みます。

我が子がそばにいるとも知らない老翁は、(物着で)幼かった頃の我が子の烏帽子を被り、着物を羽織る異形の姿で現れ、僧に酒を勧めます。
老翁は僧の前で、昔の我が子を思い浮かべ、子はこう舞った、こう手を指したと舞い、我が子の父への薄情を嘆き悲しみます。そして遂には興奮し狂い、泣き崩れてしまいます。

そして、この能の見どころの一つ、 老翁が舞う序の舞となります。
物狂となった老翁は、親が狂うなら子は囃すべきではないか、いま一目、父の前に見えよ、と訴えかけます。
この悲しみの一連の動きを大ノリで、笛、小鼓と大鼓の囃子方の音色と掛け声に合わせシテが演じますが、ここが、まさに能ならではの表現、演出ですので、ご注目下さい。
泣き悲しむ父の姿を見た松若は、遂に自ら名乗り、二人は目出度く再会し、その後二人は古里を仏道を広める寺としたと、これが「伏屋の物語、目出度し目出度し」と終わります。

『木賊』を稽古していて、いくつかの気になる不明な点がありました。

① 老翁の身分と立場は?

② なぜ木賊を刈るのか?

③ 松若はいつ出家を思い、いつ戻ったのか?

稽古を重ねるうちに、それぞれの答えを私なりに考えてみました。

老翁は決して貧しくはない、然も名家の主人ではないでしょうか。
木賊狩は生業としてではなく、一家の日常生活の鑢(やすり)とするために狩っていた、と想定しています。

また、僧は松若を幼き者、と紹介しますが、これは戯曲としての詞章であって、実際は7〜8歳頃に家を出て、再会したのはおよそ10年後ぐらいではないか、と思って稽古しています。
今回の松若は可愛いまだ小さな大島伊織君が勤めて下さいますが、皆様は17.8歳の成長した松若、と想定していただければと思います。

老いは徐々に身を襲い、子はあっ!という間に成長します。

子は自らの意志で親離れし旅立って行きますが、親はただ寂しく悲しく、心配するばかり。現代にも通じます。
そしてこの老いた父親の一方的な愛のメッセージ、必死で逢いたい!と願えば夢は叶うもの、と作品は言いたいのかもしれません。

いろいろ難しい技芸の塊の『木賊』ですが、精一杯勤めたいと思っております。
ご鑑賞のほど、よろしくお願いいたします。