絶世の美女であった小野小町。
幸せに子供にも恵まれ、長生きして一生を終えた、とも言われているが、それではドラマにならず能『卒都婆小町』は生まれない。

3/4 (日) 第101回 粟谷能の会にて『卒都婆小町』を披くが、見るも無残、貧困で醜い百歳の老女、小野小町をどのように演じるか、今いろいろ考えている。

物語は高野山の二人の僧が上京途中、有難い卒都婆に腰掛け休んでいる不埒な老女を見つけ咎めるが、逆に論破されてしまう。

僧が不審に思い老女の名前を尋ねると、昔は絶世の美女と謳われた小野小町のなれの果て、と身を明かし今の乞食生活を語るが、突如深草少将の霊に取り憑かれ

「なう、物賜べなう、お僧なう、
小町がもとへ通うよなう」

と声音は変わり、百夜通い寸前で焦がれ死んだ無念と執心を僧に語りはじめる。

この突如、豹変する謡から続く後半を演じるのが難しい。

男の私が女性の老女小町を演じ、小町が突如、少将取り憑かれ男性となる。男性が女性を演じ、その女性が男性となる複雑な演出だ。

この変わり具合の技で能役者の力量がわかる、と言われているが、なるほど、と頷いてしまう。

そして最後の展開が、今気になっている。

僧達の祈りや説法も無く、自ら百歳の小町は、ようやく悟ったかのように、この世からあの世へと、悟りの道へ進もう、と祈り終わるのだが・・・。

老いた小町が何を吐き出し、なにを吸い込もうとしていたのか?

そこを探り当てたら、能『卒都婆小町』が出来上がるのではないだろうか、と思っている。







粟谷明生事務所

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