先日暇だったのでSNSに種の起源のスペシャルカーテンコール映像をあげた。この先の観劇予定が一旦空っぽになったこともあって、自分はどんな作品が好きなのか、今まで観た中で特に惹きつけられた作品ってどれだろう、とかぼんやり考えていた。なんとなく「こういうタイプが好きではない」というのがわかって来た。そしてこの「種の起源」(2024-2025再演版)は大好きな作品のひとつ。でも他の人にお勧めする気は全くない。「どこが好きなの?」と聞かれたら答えに困る。それでも実際に劇場で見たとき、私は「わくわく」したのだ。さすがにイ・ソンジュン作曲家の音楽は素晴らしい。セットも、照明もとても好き。参加された俳優さんもみんな好き。だけれども「ワクワク」がどこから来たのかよくわからない。見ていること自体が嬉しく、心が躍るような気分だった。

 

多分私が一番繰り返し見た動画。これは初演のもの。유승현 さんも박규원さんも歌っていない場面なのにこの二人の感じがとても好き。特に中盤で 박규원さんがうっすらと笑いながら유승현さんを見上げるところ。二人のユジンの間に流れる空気が好き。今回の再演でもこのペアはジャンプの幅、高さ、のけぞる角度とかがぴったり揃っていて、そこがとても好きだった。박규원さんのぶっ飛んでいるのもとても良い。

 

観劇にさきがけて原作小説を読んだ。結構しんどかった。きつい表現の個所が多かったから。犯人は最初からわかった。あまりにはっきりしていたからどこかでどんでん返しがあるのかしら?とも思ったけれど無くて、これをどうミュージカルにするのか?と思ったらそのままミュージカルになっていた。一回目に見たときはうーん、っていう感じでそれほど惹かれなかった。が、あとになってじわじわ来た。こういうのがヤバいのだ。

原作とは切り離されたミュージカルもあるけれどこれは原作と補完しあうような作品。小説の存在は大きい。小説を読んだせいで私はユジンのヘジンに対する感情を、プレデターユジンの綻びを探していた。舞台ではヘジンの存在はあまりにも省かれていて、でもちょっとした言葉の端にヘジンとのエピソードが確かにあったことを知らせてくれる。

 

노희찬さんのヘジンがとても好き。誠実で温かくて頼もしい。「母さんに内緒で、日帰りで行って来られる場所のうち一番遠いところに行きたい」というユジンの為にお小遣いを貯めて誕生日に連れ出してくれたヘジン。映画を見てハンバーガーを頬張るくらいしかできなかったけれどユジンはこのプレゼントが「泣きたいほど嬉しかった」のだ。原作で大好きだったこのエピソードがここでさらっと語られる。リオデジャネイロでクリスマスを迎える、というヘジンのバケットリストの話も。そしてこの時、発作をおこしたユジンに着せかけてあげたヘジンの上着は最後は母親の遺体の横に置かれる。

 

原作では主人公の思いが向くのはヘジンにだけだ。ヘジンにだけは温かい感情を持っていたように思える。彼が唯一愛し、信じる対象はヘジン一人。この日帰り旅行で見た映画の登場人物の言葉「ひと言でいえば、、、、、、彼を愛していました。そして彼が恋しい」を引用して、「ある日運命の神がヘジンを先に招くとしたら、僕も同じことを思うだろう。確かめるまでもなく、ヘジンもまた同じはずだと確信していた」と。

舞台ではヘジンに対する思いは口にされることはほぼない。↓の”ユジンとヘジン”の場面のあと「あっという間にユミンの後釜になっちゃって」的な言葉を発する赤ユジンに対して「黙れ! 今私に必要なのは誰が何と言おうが、どんな証拠が出ようが、ひたすら俺の言うことを信じてくれる人だ。 それがあいつだと思う」←(雰囲気)くらいか。

 

役柄クロスのスペシャルカテコの貴重な動画。スンヒョンさんが本来の役の時には前半ではお母さんの、ヘジンしか見えていない視野に割り込んで一生懸命”こっちを見て”ってやっていて後半ではなげやりになっていたけれど、役柄交換するとこうなるのか、とびっくり。

 

ヘジンを強調したせいでちょっとユジンかわいそうムードになって来たけれど、実際ユジンはそんなかわいそうではない。原作も舞台も。不気味なのは諸々がどこからが計画されたものだったのか、ということだ。

先に書いた母親の死体とともにあったヘジンの上着。これはヘジンが「着せかけてくれた」けれど貰ったわけではなかった。それなのに実質貰ってしまって、犯行時あるいは犯行が予想されるときにはこれを着ていた。母親が殺された際に着ていた「喪服のように陰気な」白いワンピースはユジンが誕生日にプレセントしたもの。ヘジンにプレゼントしたリオデジャネイロ行きの航空券は母親のクレジットカードで予約してあり、そのクレジットカードは上着のポケットに入れられ、遺体とともに置かれ、結局事件後にヘジンが犯人と判断される証拠の一つになる。

ヘジンに対する「感情」を捨て最後の選択をしたとき、「ずっと前から無意識がそれを計画していたかのように、頭の中には完成した絵が浮かんでいた」と。ミュージカルで言えば赤ユジンが着々と進めていたってことだよね。

 

노희찬さん、泣かないで!ってもらい泣きしてしまう。

 

박상혁 君は無いのかな?と思って検索していたらもっと長いのみつけた。このシーンは台詞も入っていていろいろ面白いです。原作本の表現が沢山使われているけれどこの”힘내”は再演で採用されたそう。違和感があってとても気になった台詞。原作にあたってみたらヘジンの台詞でした。続けて「これが正しい。ベストなんだ」と。「ぼくにではなく自分自身に」勇気を奮い立たせようと投げた言葉なのだろう、と書いてありました。俳優さん、言いにくそうに見えたけど、、、

 

ユジンはサイコパス。サイコパスの中でも最強のプレデター。

兄も両親も叔母も通りすがりの女性も、結果的にはヘジンも殺害した。「主人公への共感も同情も一切求めていない潔さ」と私は書いたけれど、実際はこの主人公にめいっぱい感情移入してしまうのだ。感情をあれこれ想像してしまう。

幼くして(確か9歳)プレデターだと診断をくだされる。救急車で運ばれるような重い副作用の薬を処方され、大好きな水泳を取り上げられ、できるだけ他人と接触しないよう管理されて生活する。きちんとした病気の説明もないままに25歳の今日まで。夢を持つこともできず、無難に過ごすこと、それが目標。彼の何が悪かったのか?彼に何かできたのか?生まれてきたことが悪かったとしか思えない。ちなみにユジンは偏桃体に問題があったらしい。アーモンドと同じ部位、え?

ヘジンだったら何かできたのだろうか?ヘジンが知っていたら、そう想像してしまう。

 

↑の動画。展望台のところで「何故ここに?」「最後に海が見たかった、もう見れないかもしれないじゃん?」ってところ。スンヒョンさんだけは「最後にお前と海が見たかった、もう見れないかもしれないじゃん?」だったのだ。

そんな可愛い場面ではない。それは十分わかっている。それでもその前にも何回か「本当にそうなのか?」ユジンを逃がす気が全くなさそうなヘジンに聞く。それが本当にいいの?本気で警察に突き出すの?それぞれの場合で別の解釈もできるけれどスンヒョンユジンはヘジンの目を覗き込む。最後の最後までヘジンが自分を助けようと思ってくれてはいないのか?と確認するかのように。(と、思いたい)

だって舞台にはなかった一年後のユジン。時間的にはカーテンコールの審判者の部分。

一年間エビ漁船にのって奴隷労働をしたあと陸にあがりインターネットカフェでヘジンのメールを確認するのだ。自分が手配したリオ行きの航空券のメールをヘジンが開いた形跡がないかどうか。ヘジンの遺体があがったニュースは一年前にニュースを聞いていたのに、彼の中ではずっと「トゲ」となって胸に刺さっていたのだ。そして海の上での苦しい生の中で「もしもあの時」とヘジンとのことを考えていたのだから。

船を降り人間の世界に戻った今、「再び人として生きられるかはよくわからない。人々の中で生きていけるかどうかも」

そして彼は歩き出す。

 

 

 

だらだらと長い落書きをここまで読んでくださった方、いらっしゃったら感謝します。