チキンのきちんとチキン -3ページ目

チキンのきちんとチキン

ほのぼのゆったりまったりな日常を気楽に更新していきまーす

あ゛-もうまけたじゃん、今年も

落合さんも、引退だし、、、どないすんのよ、来年。



しょぼんですよ、もうしょぼん、だれかなぐさめて


どぅも、ぼくです



なんか久しぶりな更新だすな。


最近どうもいそがしくてですね、うん、なかなかブログも見ることがなかったんですけど



ちょっと休憩がてら久々に更新。


近況報告しますと、うんとまあブータン王が来日したっつーことで、アヒルと鴨とコインロッカー(ブータン人つながり)っていうの観賞しましたさ、伊坂幸太郎のやつね



うん、まあまあでした。小説読んでないからわかんないけど、適度に面白かったかな。小説で読めばもっと展開もゆっくりしてていいと思うけど、いかんせん映画であれを表現すんのはすこし難しいんじゃない?って印象。


ま、興味あるひとはみてちょ。




あとは、ベッドが壊れたくらいかなー。腰のとこの支える金具がとれちゃったみたいで、すこし陥没してます。

おかげで、めっさ腰痛い。新しいの買うわけにもいかんしなー、いや買っちゃおうかな、ん、やぱ我慢しよ。




ま、体育の模擬授業もテキトーにやったら終わったし、小学校のお手伝いも無事終わったし、特別支援の遠足も終わったし、今日レポ二つ終わらせたし、あとは研究発表にむけて精を出すだけっすわ。



今週BAWDIESのライブあるし、すこしはがんばれるかな、いや、がんばんべ

研究発表終わったら天国や。

今年こそボード買ったる。ボードいきたい



ほんとあとちょっとがんばろ

ちなみにまだ電話ズのアルバムを手に入れてないです、しょぼん

こんばんは、ぼくです。

珍しくすごく複雑な気分なんで更新します。


自分でもよくわからない気持ちなんです。



ちょっと悩みかきます。まじめに。こういうのあまり書きたくないけど



今、僕は「こどもが自信をなくしていくのはなぜか」というテーマのもと、子供のいじめや問題行動、「荒れる」子供への取り組みなどを研究してます(そのうちもうすこしテーマの幅は狭めていきますが)



本や実践記録など様々な文献を目にし、いじめの本質、子供の実態、学校の環境、教師の学校への思い、教育行政の現場への無関心さ。

少しづつ知識が深まる中で、自分の中でさまざまな意見が出てきました。



もうすでに日本の隅々まで浸透している学力社会、そのことを背景に学校でも競争主義が持ち込まれ、子供たちも学力、忠誠競争がはじまる。人格が不安定な少年期~前思春期、思春期の時期にその競争はひと段落し、子供たちの位置づけがなされる。

その中で、落ちこぼれたひとは、なんとかしがみついていこうとする。しかしその時には成績が同じような子や同じ境遇にある子同士でグループを作り出し、その自分からみて身分の低い子供を「異質」なものとして追いやろうとする。

これが「いじめ」の一番簡単なメカニズムであって、これ以外にも、優等生への妬みや、さらに教室全体でグループを構成しある一つの秩序をうみだし、その場のノリで排除しようとする。(このノリが教室全体、学校全体を包むといじめから殺人にもつながる)



そんななかで追いやられようとされる側は、自分はなんでこんな目に合わないといけないのか理解ができないまま不登校、登校拒否になりやすい。


いじめている側の集団もいつ自分がターゲットにされるか怖くて周りに同調しようと必要以上に他人の目をうかがってしまう。



そんな環境の中で、自分の本当にやりたいことを見つけるのは不可能に近いことだし、「将来の夢はありません」という子供が増えているのもうなづける。

やりたいことがなくて、非行に走るケースもある




最近面白い話を聞きました。としきからなんだけど、不登校がちの子供にとっては学校はどうやらつまらない場所であって、それだったら友達、自分が好きな人といたほうがいいって言ってたという話。



そんな環境の中にいる教師や生徒としての自分以外の話を聞きたくて電話越しに聞いてみた父さんや姉さんの意見。




どれもすごく知的で刺激的ですごく面白く感じることができました。




けどなんだかすごく複雑な気持ちになって泣けてきました。



今、自分が取り組んでいる問題は、教師になったら必ずといっていいほど直面する問題で、このような大きな問題に自分みたいな今まで「いい子」の仮面をかぶったやつが立ち向かっていけるはずがないと直感的に感じたからだと思いました。



自分は、本当にいじめられたこともないし、かといっていじめたこともないよな「傍観者」でした。一番いい身分でした。

調べてた通りに、いついじめられるかっていうことも、いつ自分が脱落していくか、いつじぶんがこの友達とはぐれてしまうか、すごく不安になった時もあります。

そのせいか、いつしか自分を内面に閉じ込めて、他人の目をうかがいながら生きてきました。特に高校。


それは、なんとなく高校の時から気づいてたことだし、大学生になってからはそういう自分には絶対になりたくないと思って、なるべく自分の内にある自分をさらけ出すようにしてきたつもりでした。

しかし、まわりを見て、教師を目指す人がほとんどだし、ほんとにみんな自分の本当の気持ちをさらけ出しているのか、本音をいってんのかな、キレイごとじゃね、とか批判的な目で見るうちにそういった自分がまた出てきているように感じました。



このままでは、自分も子供の気持ちを本当に受容してやれる教師になれると到底思えなくて、自分の力じゃまだまだ非行を起こしてまで、教師や社会にメッセージを送っている子供たちには応えてやれないと感じました。


この研究を始めたきっかけというのが、ゼミであるビデオ(ビデオの内容は割愛)をみたということもあるけど、本当は教師になったら、絶対に晃作(高校の時に不祥事を起こして警察につかまってしまった友人)みたいなやつもきちんと学校に通ってやりたいことが見つけれるような環境に変えてやりたい、そういう指導をやっていきたいと感じたからなのです。



しかし、さまざまな知識が入ってくる中で、まだまだ自分には力が足りないことを痛感しました。




教師は「子供の将来の一端になれる仕事」とよく言われます。


自分がこの仕事をこなすのには、まだまだ知識がいります。経験、指導していく現場の力、子供を受容していける心も必要です。

そしてなにより自分自身が一番素直になること。大学生のうちにどこまでできるか。これからの課題になりそうです。


あーのぼせたっ、頭がくらくらする。

どぅもぼくです




もう山梨さむいんで、毎日湯船に浸かってます。おかげさまで夜はぐっすり眠れて健康的な生活に戻れました。ナイスでーす。





研究もなんとか目途が立ったというか予定がなんとか立ったんで、ちょっと気持ちに余裕ができてきました。

けどその予定もほぼ徹夜ものだし、明日からはガチでやらんとまずいす。今日やたらデータ集めて大量の数字を目の当たりにしてもう気持ち悪い。とにかくがんばりまっす。






で、んと、おうそうだ、最近久々に良いバンドを見つけてましたさ。

すごい久しぶりにいいと思った。

Fat prop っていうバンドっす。



鹿児島を中心にバンド活動をやっていたらしく、キーボード、ギター、ベース、ドラムの四人で構成されているバンドです。


たまたまヴィレヴァンにいったときに流れてて、その次にHMVに行ったらCDコーナーで再び出会ってしまって、もうこれは買うしかないと思って、アルバム買ってみました。


個人的に新しいアルバムの「DRIVE」とYOUTUBEでUPされてる「STOP THE TIME」 「CAN'T STOP THE MUSIC」が好き。



個性的というよりなかなか正統派ロックバンドだと思うんで、是非きいてみてくださいー。





話は変わりますが

もう十月すね、十月ほんといやなことばかり目白押しだからなー



んー、もうちょっと物事をポシティブにとらえられるようになろ。

最近大量に文献読んで、ちょっと学習しました、人の心理とか、んで自分のこととか分析してみると、自分のこと結構特殊なのかなーとか思ってたけど、案外割と典型的なタイプにいるんだなーってことがわかったり、こういうとこダメだなーとかわかったり、自分自身を振り返れた気がします。


んで、ま、結局は何事も前向きにっていうことが一番なのかなーっておもってきました。


「いじめ」についての文献読んだだけなのにいろんな方向からアプローチしてくから、見方がすごく広がってく気がする。ほんとに全部つながってくる。



今、自分が大学で勉強してるのも、研究室にこもって研究に励んでるのも、小、中学生が学校で必死に勉強してんのも、結局はとらわれてんだよなー学校に。もうとらわれてるというより支配に近いかもしれない(案外大学生はそうとも言い切れんけど)


けどそんななかでもそれを自分がやりたいこととしてしっかりととらえられてる人もいるんだよね。


何事もそう捉えられるようになることが肝心で一番それが難しい。


そのためには、んーやっぱ前向きに、何事も「これは失敗する」とか思わずに、自分がやってることを一度信じてみることが第一歩なのかしら



なんか書いてて自分でも混乱してきた。


ま、とりあえず今やってることをなんとかまとめきることが自分のやるべきことで、これがひと段落したら、また少し考えてみようかね

おやすみなさい