『フィガロの結婚』 『ドン・ジョバンニ』に連なるモーツァルト三大Operaのひとつである。(『魔笛』はジングシュピールと考える)


 二組の相思相愛の恋人たちがいて、もし相手を入れ替えたらどうなるだろうか?と言う極めて不道徳とされるテーマがモチーフとなっている。

 恋の相手が入れ替え可能だと言うことは 恋は相手から来るものではなく、内在性 内発性に由来することを語っている。


 恋人たちの純愛の純度を試すために、二人の男たちは変装してアタックを開始する。この場合 偶然の成り行きから 互いの相手が入れ替わる!これはgameではなく 命を賭けた口説きと言うものがこの世に存在するなら、女の気持ちはどうなるのだろう。


 恋人たちの入れ替わりは成就し 二組の婚礼の儀が執り行われようとした時に、無惨にもgameは中止の signが出る。なぜなら、女性の貞操概念など一枚の反故にされた口約束擬きに過ぎないことが明らかにされた以上、賭け事の勝敗は明らかであるからだ。

 trickが明らかにされ 男たちは自分たちが勝手に思い描いていた空想の無惨な姿を明らかにされ 女たちはtrickを演じさせられたとは言え 愛や恋の交換可能性を自ら演じ切ることになり、証拠を突きつけられてひたすらに詫びを入れる。

 二組と四人は元の鞘に戻り得たのだろうか?


 アリアも素晴らしいけれどもアンサンブルの夢見るような美しさを際立たせる最高のモーツァルト音楽である。

 特に印象的なのは 現実の物語進行の上では裏切りのテーマが、この世のものとは思えない モーツァルト固有の美しさに彩られているイロニーの美しさ 悲しさ だろうか。

 いまでは半ば忘れ去られた思想家 ゲオルグ・ルカーチ。本書は、彼のやや長い人生の前半を書いた評伝 或いは彼の思想の概説書の如きものである。彼の後半生が描かれていないのは、半ば教条主義者たちに迎合したのちの人間像は かくもあらずもがな!で わたしたちの興味を惹かないからである と本書の著作は記している。

 それにしても専門家とはよくしたもので よくもこれだけ読みこなしたものである。








 ルカーチのことをどう表記すべきか?と考えて 哲学者と思想家の違いについて考えた。哲学者とは彼の著述活動が全てである。思想家とは 思想と彼の生き方を加味しないと解けない謎が付き纏う人間像のことだと ここでは一応定義しておこうか。


 ルカーチのことを語ろうとすると やはり私は気が重い。一つには彼の著作と生涯幅が広くて私の手に負えないからである。それで 本書の中から幾つかの論点を取り上げて、本格的な取り組みは後日のことと期待したい。


 ひとつはイルマ体験。若き日の、婚約解消に至った青春の傷口!に就いてである。

 この事件は セーレン・キルケゴールの同様の事件を思い出させる。フィアンセへの婚約の一方的な解消!ただ キルケゴールの場合と違うのはオリジナルと模造の違い と言うよりも 己の責任に於いて婚約者を死に追いやった点であろう。

 事件の真相は幾重にも解釈可能だが、好意に解釈すれば これも有名なアンドレ・ジッドの『狭き門』のアリサとジェロームとの関係を想起させる。純愛が 結婚と言う世俗の形式に汚されるのを怖れた優柔不断さである。違うのは 『狭き門』の場合ではヒロインが主導権を持った働きをするけれども、イルマ体験の場合は 余りにも可憐のまま死に追いやられてしまう。

 ルカーチの青春時代のテーマは 無垢なものを死に追いやった者の、その後 である。

 ゲオルグ・ルカーチの生涯に付き纏う加害者意識なり加害の物語は 原点としてここに発する、とでも言えようか。


 二つ目は 親友レオ・ホッパーとの間に交わされた芸術論ーーすなわち開かれた芸術と閉ざされた芸術に就いて。

 これは ロマン主義と古典主義に違いのバリュエーションでもあるが、二人の差は、ルカーチの完成を憧れつつも永遠に未完であることに悶えるロマン主義的な思考と 芸術とは広かれていようと閉ざされていようと 解読者としての参画がなければ芸術体験としては完成しないと言う ホッパーの受容の美学論である。

 二人は 芸術を静止した完成態であることを認めず、力点を古典的ローマン主義のパッションに置くのか 受容性がなければ機能としては芸術はそのあり方を完結し得ないと考えるのか?今日でもアクチュアルな課題である事は間違いない。


 三つ目は テロリズムと暴力の問題。これは目的は手段を正当化するか?と言う 古くから語られてきた課題でもある。

 ただし この論点のルカーチに関する課題は 思想的課題として考えるだけでなく、文学者や思想家が現実世界に於いて政治家として抜く尺ならぬ選択に迫られた状況を考えると陰惨な地獄絵の世界が出現すると言うことだろうか?

 政治家ルカーチは、革命政府の委員として反革命の嵐に晒される中で仲間の粛清を指示した とされる。本人も認めていることだから本当の事だったのだろう。止むにやまれぬ決断だったとしても、目的は手段を正当化するだろうか?人間をいかなる場合も目的と考えて行動せよと教えたインマヌエル・カントの実践理性の考え方への大いなる反措定である事は明らかだろう。

 面白いのは ハンガリー革命の渦中にあって、ルカーチを始めとする 文学的秘教集団?が 自らが立てた論理的決断を覆して革命側に参画していく 飛躍!に就いてである。

 もう一つは 革命が反革命の渦の中に呑み込まれ潰え去った時に、プロフェッショナルの革命家幹部たちは都合よく亡命を果たし、残務整理はルカーチなどの文学者崩れの者たちが担わされたアイロニーに就いてである。

 

 ルカーチの生涯軸が物語った事件は、、わが国においても全共闘運動の崩壊後 連合赤軍事件として顕在化したことは知られている。


 いかなる場合も殺人と言う行為は許されない。目的は手段を浄化することはできない。しかし唯一、倫理的に許されないことを知りつつ侵される犯罪と言うものがある、ユダの場合のように!

 しかし 皮肉な事にユダは自ら括れて死んだけれども、ルカーチは生かされて生存を永く晒されることになる。


 

食事を造りながら足踏みstretch20

朝ごはんの調理と食事 デザート café time

読書 『ルカーチ』読了

昼の間食〜葡萄パン espresso +今川焼き+黒酢入り野菜juice

午後🚴図書館mini theaterへ〜Opera『コシ・ファン・トゥッテ』第一幕

お買い物 大根 人参など

帰宅

大相撲 千秋楽

夕ごはん デザートも

TV  甲斐駒ヶ岳

乾燥野菜の下拵え+veranda干し

🚴Jimへ

 muscle  training90

帰宅 入浴 読書 就寝








stretch30

命の朝ごはん 料理と食事 

dessert +cafe time

🚴で糸島 古墳群へ

帰宅 入浴

夕ごはん 酵素玄米ご飯小豆麦入り お刺身 鶏肉の紫蘇巻き potage soup

TV News ブラタモリ 板倉準三

🚴Jim muscle  training60

お買い物 もやし 醤油 和布

帰宅 入浴 読書 就寝








 戦前の映画に出て来る外人部隊!

 格好良いけれども、人生の吹き溜まりですね。但し映画に描かれるヒーローはdandy!

 同様に 流れ者の歌手もまた お定まりの吹き溜まり 吹き曝し人生!こちらはelegance!

 dandyとeleganceの絵に描いたような二人が出会って、これぞ映画と言わしめる銀幕の輝きがこの世に一瞬 成立する。映画館の翳りと瞑がりの中に〜。


 出来過ぎでおあつらえ向きの設定は様式美と映画技法でカバーされる。映画がrealismである必要は少しもないし、realismでは表現出来ない世界もある と言うことを成熟した大人なら誰もが知っている。クーパーはともかく、けつして美人とは言えないマレーネ・ディートリッヒがこの世ならぬeleganceの世界を 古びて色褪せたフィルムの銀幕の彼方に垣間見せてくれるのも映画ならでは である。


 人はこんな造りものじみた世界を観ても やはり心あるものは映写室の翳りの中で密かに涙してしまうのですね。人生の甘いも酸いも知り尽くした二人であるがゆえに 狡知と世間知の甲羅で覆われた二人の不良中年のなかに思いがけずも純情を見出して、やはり映画とはこういうものであらねばならない と思わせてしまうのですね。


 モノクロームの様式美の世界ですから、言葉と台詞がとても格好良いです。

 記憶に残った台詞〜

クーパー演じるトム 「十年早く会っていればよかった」

 これは二人が舞台以外の場所で初めて逢うprivateな場面です。

 一目惚れの出会いがこんな台詞で始まるなんて!


 もう一つは〜


 自分を残してさった未練を紛らわすかのように、大金持ちのパトロンの求婚を受け入れて、その華やかな晩餐会の場面で〜!

 なんと ここで遠くから響いて来る隊列の小太鼓の音に意識を乱されて、ヒロインが婚約者を置き去りにする場面。

 婚約者にすれば居並ぶ参列者の前でいきなり反故にされて、この上なく恥ずかしい場面であるはずなのですが、男は騒がず 事情を説明するために戻って来たディートリッヒとのかずさわされる筈の会話を前に 席を外そうとする参列者に向かって こう促すのでした。


婚約を反故にされた男 「恥ずかしいことではないので、そのまま席にお座りください」


 男は自分の車を提供し 二人で砂塵の彼方に外人部隊を追い 長い隊列と裸足のヒロインの爪先が砂漠模様のモノクロームの世界のなかに消えていくlast endingの場面へと繋がっていくのでした。



 

 映写室の前の中庭です。


朝ごはん 調理と食事 デザート café time 冷煎茶

読書

午後から🚴で〜mini theater映画『モロッコ』

🚴西新経由で帰宅

夕ごはん デザート 冷煎茶

TV 大相撲名古屋場所

🚴でJimへ

muscle training100

お買い物 お刺身二種 練り山葵

🚴帰宅 入浴 読書 就寝