無事に12日千秋楽を終える事が出来ました。
終わってから文字通り
廃人になっております。笑
魂がどっか行ってしまった。
どうにかせねば。


コロナ対策で稽古日数が半分
台本はかーなーりボリューミー‼︎
慣れないマスクでの稽古
先の見えない不安
途中2公演が飛ぶという前代未聞の出来事。
いろんな事があった。
でもこの全員で最後まで駆け抜けられた。
それはきっと当たり前じゃない
奇跡のような出来事だ。
 
   大きな大人達が一生懸命悩んで苦しんで
役と向き合った。
誰一人違う方向を見てる者はいなくて
全員同じ方向向いて
突っ走った。

全ては観てくれるお客様の為

今、舞台を打つ意味や
作品に込められた想いを
とにかく届けたかった。

実際みんな体力はボロボロだった。

でも
幕が上がって客席の笑い声が劇場に響いた。
客席の涙で鼻を啜る音が劇場に響いた。
拍手が鳴り響いた。
ただ素直に嬉しかった。
客席と呼吸をした。
気持ちよかった。
今までの苦悩は吹っ飛んだ。

この劇団は嘘をつくとバレる。
小手先の演技なんてしたら罵声が飛ぶ。
芝居とはなんぞや。
そんな事をもう一度考え直す。
みんな真剣だ。
必死だ。
そんな座組だった。
みんな汗をかき、みんなで悔しがり
みんなで笑って泣いた。
芝居は打ち上げ花火みたいだ。
パッと光ってパッと散る
なんて儚くて美しいんだろう。

そんな幸せな瞬間の積み重ねを
この仲間と共に過ごせた事が
私の宝物です。

『明美は文音以外に考えられない。』

さっこさんから最後に言われた言葉。
この最高の褒め言葉を胸に
いつまでもそう言われる役者で在れる様に
明日からも歩いていこう。

劇場にお越しくださった皆様。
本当に本当にありがとうございました。



明美の家は芝居の稽古場だ
最高だ。

猫田明美を生んでくれた
劇団PU-PU JUICE
大好きだ。

出逢えて良かった。
出逢えてありがとう。

文音


これ凄く好きな写真♥️

いよいよ公開となりました
女の友情物語
『いけいけ!バカオンナ〜我が道を行け〜』

たくさんの取材を受けて
たくさん喋ったけど
自分の言葉で伝えたいから
ここに書きます。

思えば去年2月
永田琴監督を訪ね北京まで行った。
中国での仕事が忙しく
なかなか日本に帰って来ない監督の元へ
押しかけた。
ここからしてもう私バカオンナ笑
台本について、主人公ユウコについて
聞きたいことが沢山あった。

この映画の企画の遠藤氏に
同行をお願いした。
北京に着いた私を琴さんが迎えてくれた。

2泊3日の琴さんに会う旅。
監督は私を万里の長城に連れて行った
それまでPM2.5で空はいつも黄色く見えたが
その日だけは青空が広がってた。
長い長い万里の長城を一緒に歩いた。
前日に買ったお揃いの靴を履いて。

沢山話して沢山笑った
中国語も堪能で母国を離れて
戦う素敵な女性を見た。
ここから始まった。

企画の遠藤さん◡̈
この人がいなければ
この映画は存在しなかった。


そして撮影が始まる
2019年4月、まだ寒い時期。

監督はとにかく妥協しない。
1人何役やってるんだろうと言うくらい
なんでも自分でやってしまう。
本当にパワフルだ。

監督自らユウコを丸める。
別名、サナギ師↓

この映画の見どころとして
忘れちゃいけないのが衣装だ。
2010年からの10年間を衣装で
見事に表現してくれた。
映画の衣装部の遠藤さん↓

それからメイクチームも
メイクで10年という時の流れを表現してくれた。

此処には書ききれない人達の協力の元
出来上がった作品だ。

ハードスケジュールの中
誰かが倒れてもおかしくないくらいの現場で、
楽しいと感じられたのは
丁度そう、最後の日くらいだった。

クランクアップして
涙が出たのはいつぶりだろうか。
それだけ必死に走ってた。
監督も極寒の橋の上での撮影で怪我をした。
(まだ治ってないらしい。笑)

そんな想いの詰まった作品。
戦う全ての女性達への応援映画です。

男の友情物語はいくつもあった。
女の友情物語は今まであっただろうか?
私は無いと思う。
こんな熱い女の友情物語は
『いけいけ!バカオンナ』
しかないと思う。

女性はもちろん
男性にも見て欲しい。
何か女性を扱う糸口が見つかるかもしれない。

全国TOHO系シネマで
絶賛上映中です☺️

本当ならば地方に舞台挨拶行きたかった‼︎
みんなの顔を見たかった‼︎
敵わなかった。

でも…

想いよ
届け🕊✨


♥️Photo by 琴監督♥️

文音



私の中に思い出が沢山ありすぎて
何を書いたらいいか
何を言ったらいいか
わかりません

だってこないだまで元気だったのに
こないだまで次の作品の話してたじゃない‼︎
あまりに急の出来事…

こんな時期だから葬儀には行けないけど
少しでも何かしたくて
佐々部監督の事務所に行って
映画「三本木農業高校、馬術部」の共演者と共に
小さなお花を手向に行きました。



当時の助監督さんやメイクさんにも会えて
みんな悲しみは一緒なんだって
わかった
くよくよしてちゃダメだね。
まだ完全には受け入れきれて無いけれど
ゆっくりゆっくりとね



佐々部監督には数えきれない程
沢山の事を教えて頂きました。

2007年春。
まだ19歳になったばかりだった。

右も左もわからない私を
主演として迎えてくれて
演技指導はもちろん
それ以上に
役者として
人として
ちゃんとしたいい役者になれ

と教わりました。

10代最後の1年を佐々部組と駆け抜けた。
それからは
「痕跡や」
「八重子のハミング」
3作品佐々部組として出演しました。

佐々部監督の現場はいつも
活気溢れ
声が飛び交い
みんな作品を作る事に妥協せず
エネルギッシュだった
それが刺激的で心地良くて
毎回何かを学んでた。

演出はとても丁寧で分かりやすく
何より愛に溢れてた。
だから感情がいつも溢れ出た

滅茶苦茶厳しくて怖くて酒と映画が大好きで
とてつもなく優しい監督だった。

泣いてたら今にも怒られそう
「文音‼︎泣いてるんじやないよ‼︎
前向けよ‼︎
俺だってびっくりしてんだ‼︎」
って、だから
今日で涙は封印‼︎

佐々部監督‼︎
届いてますか‼︎

いきなり逝っちゃうなんて
ひどいじゃないですか
まだまだこれからだったのに
もっと話したかった‼︎
もっと叱って欲しかった‼︎
でも
早過ぎるし悔しいし残念過ぎるけど
監督から教わった事をしっかり胸に留めて
監督の演出をしっかり継承して
前向いて
監督に恥じないように
生きていきますからね‼︎

これまでもこれからも
佐々部監督は
私の映画界の父であり恩師です。

でも…

やっぱり
1度でいいから
会いたいなぁ
声聞きたいなぁ




いつも隣にいてくれた
佐々部清監督

こんな言葉じゃ足りないくらい
ありがとう
ありがとう
本当にありがとうございました。

2020.3.31
佐々部清監督永眠。

さよならは言わない
またどこかで会える気がしてるから

松方さんとも‼︎
コスモとも‼︎
佐々部監督とも‼︎


今日は佐々部さんが大好きだった
カレーを食べながら
佐々部監督の映画を見ます。

何が起こるかわからない
よく大切な人と会う時は
それが最後になるかもしれないつもりで
会いなさいなんて言うけれど
本当だ
本当だよ

当たり前は当たり前じゃないんだ

出逢えて
良かった

ずっとずっと大好きです。
文音