「推し活」って言葉が普及して早数年
推しがいるのが当たり前でメディアが肯定的に扱うが・・・
私はこの推し活が気持ち悪いです。
なぜなら、推し活の正体は
「相撲のタニマチ、歌舞伎のひいき」ごっこの庶民版です。
ただ決定的な違いがあります。
なぜ今の「推し活ブーム」が歪であるか?
3点から説明します。
1. 「余剰資金」か「生活費」か
これが決定的な違いです。
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昔のタニマチ・贔屓(ひいき):
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彼らは「超富裕層」です。
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使いきれないほどのお金(余剰資金)があり、それを文化や芸のために「流す」ことがステータスでした。
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生活に1ミリも影響しません。
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現代の推し活(庶民):
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多くの人が、「なけなしの給料(生活費)」や「将来のための貯金」を削って貢いでいます。
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「推しのために働く」「推しのために食費を削る」というのが美談にされていますが、経済的に見れば**「貧困層が、富裕層(アイドルや運営企業)に現金を送金している」**という、逆進的な富の移転です。
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本来、パトロン行為は「貴族の遊び」です。
それを庶民にやらせれば、生活が破綻するのは火を見るより明らかです。
2. 「消費」を「応援」と言い換える魔法
私が感じる「気持ち悪さ」の正体は、
企業側が仕掛けた「言葉のすり替え」にあります。
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「商品を買ってください」と言うと、客は財布の紐を締めます。
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「推しを応援してください」と言うと、客は喜んで財布を開きます。
AKB商法などが典型ですが、同じCDを何百枚も買わせる行為は、
通常の商取引なら「異常な無駄遣い」で異常行動です。
しかし、そこに「推しへの愛」「応援」というストーリーを乗せることで、
「浪費」を「聖なる行為(布施)」に変換してしまったのです。
これは、新宗教の話と同じで、
「消費者に『自分は客ではなく、サポーター(運営側)だ』と錯覚させて、搾取する仕組み」です。
3. 見返りのない「一方通行の愛」
昔のタニマチは、力士や役者と直接会って食事をするなど
「特別な人間関係(社会資本)」が得られました。
しかし、現代の推し活の多くは:
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相手は自分の存在すら認知していない(その他大勢の一人)。
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巨額のお金を使っても、相手が引退したら何も残らない。
庶民が、馬や庭園や豪邸を持たないように
庶民は庶民にあった遊びをすべきです。