ぱふゅ~鉄   -20ページ目

いつしか随分と遠回り~Road to 県民会館(その4)

いつしか随分と日が経ってしまいました・・・(^^;)

まもなくNegicco県民会館から1カ月が経とうとしていますが
この記事はそれまでに県民会館へ辿りつけるのでしょうか(笑)


さて5月4日

まずは前日から母に頼まれていた30kgの玄米を近所の自動精米所で精米。
最近私も腰を気にするお年頃になったので15kgづつに分けたんだけど、やっぱり重いものは重いw

元々農家なので精米機はあったけど、数年前に壊れてからはこんな感じで精米してる。
もう米作り止めちゃったから買いなおすほどの事はないし・・・

ともかく、お使いを終えて落ち着いた後
さっそく本日のドライブに出発。

ルート7も考えたけど
昨晩シマアジの刺身を食べながら話題に上った「馬刺」が引っ掛かって

親父は総入歯で固いものが全然ダメ。
なので、よく弟が魚の刺身を買ってきてくれるのだけど(←ほんとに気が効く奴です)
噛めるかどうかわからないけど、肉の刺身が食べたいと。

「上等な馬刺しなら行けるんじゃないか」
「いや~、それでも噛み切れるかなぁ・・・」などなど。

そんなわけで両親には黙って、またまた会津方面へ(笑)


ただ、まっすぐ会津へ向かうのはつまらない。
高速であっという間だし。

だから、前日思い出した東蒲原の卒論フィールドに寄って行くことにした。


まずは実家近所からの五頭連峰



やっぱ、この風景好きです(^^)v


その後、高速は使わずルート49をひた走り
途中、バイパス開通で旧道となった道からまだ残雪の残る日本平を望む



津川からは阿賀野川に沿って国道459号を進みました。
この道がなかなかの酷道で(笑)



30年前は片側交互通行で信号機が付いていました。
トンネル以外はよく整備されていて、快適に走れるんですけどね。

その後は49号に合流して一路会津へ。

さて、どこで馬刺しを買おうか・・・

ここで役に立ったのが「るるぶ新潟 佐渡'16」


るるぶ新潟 佐渡’16 (国内シリーズ)/著者不明

¥864
Amazon.co.jp

巻頭の「新潟県プランニングMAP」で、進行方向に「道の駅あいづ湯川・会津坂下」を発見。
全然「新潟県」じゃないんだけどw、ここならきっとあるはず!(^^)!

ありました。真空パックの馬刺し。

いちばん柔らかいだろうと思われる「ヒレ」と「ロース」を購入。
「ヒレ」なら親父も噛めるんじゃないかと。

後日実家に電話したら、親父も食べられたとのことでほっとしました。
値段はそれなりにしたけれど、まぁ、いい買い物だったと思います。


駐車場からは遠くに磐梯山が見えました。




ここで引き返しても良かったのですが、まだ12時半だったし

会津と言えば小学6年生の修学旅行先。
白虎隊やら野口英世やら
子供の頃から脳内に刷り込まれた地。


そんなわけで

「磐梯山が見たい!」の一心でさらに東へw

磐梯山麓の長い上り坂を過ぎ、猪苗代湖畔を抜けたところで渋滞に嵌り脇道に・・・




故郷の山はもちろんですが
この山も大好きで。

この雄姿を見ると元気が湧いてくるんですよね。
ほんとは裏磐梯も見たかったけど
さすがに帰りが遅くなりそうなので最寄りのICから磐越道を経由して帰宅。


初めて走る高速は

BLUE,GREEN,RED AND GONE の歌詞の通り

まさにそんな気分でした。

ケンタカの大越投手

「東京六大学リーグ、東大が連敗を94でストップ」

ちょっと前にスポーツ新聞を賑わせたニュース。

大学野球には全くと言っていいほど興味はないのだが
ちょっと気になるコラム↓があったので備忘録として・・・


日刊スポーツ5月24日付紙面より

新潟県北部に新発田(しばた)高校という県立高校があります。
今年で創立119年、いわゆる古豪と言われる進学校で通称は「芝高(しばこう)」
ここ出身の著名人としては
 
 俳優の三田村邦彦さん
 漫画家の寺田ヒロオさん
 サザンのベーシスト、関口和之さん
 仮面ライダー2号、佐々木剛さん などなど・・・

 界隈さん限定では私も著名かもしれません(笑)

旧制中学からの高校なので
当然昔は男子校で、いわゆる「バンカラ」。

私が入学した頃はまだその風習が残っていたのか、校則にもないぐちゃぐちゃの学帽やマントを羽織ってたり、
どんなに寒い大雪の日でも下駄履きで登校する先輩もいたりして・・・
下駄履きは私が2年生になる時に禁止されましたけどね(笑)

春の恒例の行事に「応援練習」がありました。
事前に昼休みに校内放送で校歌や応援歌を流して「覚えておけ」と命令され
一週間の間、毎日放課後に1年生と2年生を校庭に整列させて
3年生の応援団員が列の間をうろついてw
「だめだだめだ~!」「声が小さ~い!」「腹から声出せ~!!」などと下級生に罵声を浴びせる

3年生はというと、屋上からその様子を爆笑しながら見物するという
要するに下級生イジメ、受験を控えた3年生の鬱憤晴らし(笑)

今でもやってんのかどうか解りませんが、私はこれで初めて声を潰しました。
ただ、そのおかげで今ではライブでは大声が出せるようになった気がします(笑)
無理矢理憶えさせられた校歌(10番までありますw)、凱歌、応援歌、新応援歌、応援団歌は
今でも当時の仲間が集まれば大合唱で盛り上がってます(^^)v


さて、ここからが本編(笑)

その応援練習の成果が発揮される場面がさっそく5月に訪れました。

昭和54年春の高校野球県大会決勝戦。
新潟高校vs新発田高校
ところは新発田市営球場

前日の引き分け再試合ということで、校内放送で招集が掛けられたのでした。

お互い進学校と言う事でいろいろとヤジが飛んだのですが
そこで初めて知ったのが
新潟高校の通称が「ケンタカ」だということ。

市立の高校や県立新潟工業と区別するためにそういう通称にしたらしいのですが

その時の「ケンタカ」のピッチャーが
上の新聞記事の大越さんだったんですね。

どうでもいいようなことなんだけど
個人的に大越さんには好感を持っていたので
なんだか嬉しくなってきます。


さて、その試合結果ですが

新聞記事の通り「ケンタカ」は準優勝ということで

我が新発田高校が3対1で優勝しました。


まったく、甲子園が関係ないときだけ強いんだから・・・(笑)

ルート49の記憶 ~ Road to 県民会館(その3)

5月3日後半です

関屋分水を渡ったところで402号とお別れ。
適当に走ってたら磐越自動車道の看板が見えたので、そろそろ帰ろうかとETCゲート通過。

このまま安田ICで降りれば実家までは30分も掛からない。
対面通行のローカル高速とは言え、いやはや便利になったものです。

途中、五泉PAでトイレ休憩



阿賀野市の象徴とも言える五頭連峰

この山並を見ると故郷に帰って来たんだな、と懐かしい気持ちになります。


いちおう安田ICを降りたものの、午後3時前。まだまだ陽は高い。
もうちょっと走ってみようと思い、特に目的地はないけれど国道49号の交差点を実家とは逆方向へと右折。


自分が子供の頃、「国道」と言えばこの49号でした。

新潟市から福島県のいわき市までの東北南部を横断する幹線国道


自分が新潟を出た直後にバイパスができたせいで、実家近くの旧道は今では車の通りもまばらだけれど
当時はいろんな地域のナンバーを付けた車がひっきりなしに行き交っていて

長距離のトラックや、そう言えば競走馬を乗せたトラックもよく見掛けたものです。


阿賀野川に沿って東へ
この辺りは「阿賀野川ライン」と呼ばれ、特に晩秋には実に美しい紅葉が楽しめる風光明媚な路線

新しいバイパスの長いトンネルを抜け
県境へ向かう長い上り坂
舗装がアスファルトからコンクリートに変わり
福島との県境に近づいたころ、あることを思い出しました。


「あの看板は今どうなっているんだろう・・・?」


実はこの地域、卒論のフィールドでして
学生の頃に隅々までバイクで廻ってたんですが

そんな中で偶然見つけた看板



(1987年8月 鳥井峠にて)


49号から県境の八ツ田集落に入り、山道と化した旧道を進むと・・・まだ残っていました。


28年振りの再会
 



この先は残念ながらほぼ廃道となっていて進めそうにないので断念。
借り物の車を傷めるわけにはいきませんからね。自分の車なら行ったと思うけど(笑)


28年前の写真と同じ福島県側から




左側に立っていた「新潟県」「津川町」の看板は惜しくも無くなっていました。
吊り下げの看板の裏面も、以前は白かったのが真っ赤に錆びてしまっています。

30年近くも経っているから当然とは言え、時の流れを感じずにはいられません。

それにしてもこの看板、いったい何十年放置されてるんでしょうか・・・



久しぶりに出逢った看板を後にして
さすがにそろそろ帰ろうかと思ったけど、ここから1時間も掛けて49号を引き返すのはさすがに気が重い。
それならば、と この先の西会津ICで磐越道に乗ってさっさと帰ろうと、さらに東へ。

磐越道に入る前にちょっと休憩しようと、西会津ICにほど近いJR磐越西線野沢駅へ立ち寄ると、次の列車まで2時間近くもあるのに大勢のお客さんが・・・こんな田舎の駅に何が?


実は、今朝見たC61ばんえつ物語号が会津若松から帰ってくるんですね。
臨時列車なので駅の時刻表には載ってないから解りませんでした。

それにしても、なんとタイミングの良いことか(^^)


定刻から30分遅れて到着したC61ばんえつ物語号




発車シーンを動画撮影後、すでに5時を廻っていたのでさすがに大人しく磐越道から帰宅。

この日の走行距離は255kmでした。

いきあたりばったりでも結構楽しめるもんです(笑)