たつの市の最後に向かったのは
御津町室津
 
瀬戸内海に小さく突き出す半島に
三方を山で囲まれた入り江は
とても静かで室の内のよう・・
室の泊とよばれ
行基が開いた播磨五泊のひとつ
 
google mapでみると
ほんとうに完璧な入り江で
牡蠣筏もたくさんみえますね

 

 

国道250号線からは

ヘアピンカーブを繰り返す橋梁の道で

徐々に下がって行きました

 

 

入江の街並みは

タイムスリップしたような空間で

細い路地がくねくねと走る道は

古くからの通りそのままなのでしょう

 

江戸時代には

朝鮮通信使や琉球使や北前船が立ち寄り

ずいぶんと栄えたようです

 

 

そんな室津の

南側の入江の高台にあるのが賀茂神社

 

寛治4年(1090)

京都賀茂別雷神社(上賀茂神社)の御厨となり

治承4年(1180)平清盛が高倉上皇と厳島詣の途中、海上安全と旅の安泰を祈られ神前に御幣を捧げられた時「社大やかに五・六並び」と高倉院厳島御行記に記されていることから、今から800年以上前には現在と同じたたずまいで祀られていた(神社庁より)

 

 

室津の名の由来は

神武天皇が御東征の途中備前の高島宮に留まられたときに、御先導役の賀茂建角身命(賀茂御祖神社の祭神)が室津へ来られ入江に蔓延る藤蔦を斧・鉈・鎌の三刃を以て切り払われて港を造られ「我が造りし港内を見れば山三方囲み誠に室の如し」と言われたのが室津の名の起こりと

 

地名の方は下鴨神社にゆかりがあるようです

 

 

境内にはソテツの群生地があり

自然のものとしては北限だとか

 

 

室津にはシーボルトも立ち寄り

その美しさを愛でたそうで

昼間来たらもっと素晴らしい風景が見られたと思います

 

長々とたつの市ドライブにお付き合いいただき

ありがとうございました

 

 

(神社庁HPの続きより)
鎌倉時代には足利尊氏・赤松政村等の尊崇を受け守護大名の時代・応仁の乱・戦国時代と時代が移りゆく間にも護り継がれ、江戸時代には、初代家康より代々の将軍が領土安堵の朱印状を下し手厚く取り扱われ、上賀茂神社と下鴨神社と更にかかわりのある神々を合わせて、6棟の社殿(正面5棟、裏1棟)が入江に突き出た小さな半島の山上に極めて特色のある配置で鎮座している。