おはようございます
今日から7月ですね
群馬県高崎市をドライブ中
地図を見ると「群馬八幡」という駅がみえました
駅名になるくらいだから
大きな神社があるに違いないと
すぐに大きな朱の鳥居があり
まっすぐすすむともともと仁王門らしき姿の門がありました
左手の駐車場に車を停めて境内に・・
忘れられない名前ですね
鐘楼があるので
神仏習合の時代が長かったようです
拝殿に入ると
左右に花頭窓の護摩堂と江戸期の大きな奉納額
権現造りの拝殿には
東照宮のような立派な龍の虹梁
裏手に本宮の地主稲荷があるというのでいってみると
彩色のあざやかな拝殿の彫刻もみることができました
写真は取りませんでしたが
赤い社の疱瘡神社・山王神社・地主稲荷さんが奥にありました
拝殿まで戻ると
右手に天満宮がありましたが
この建物も本地堂だそうで
神仏習合のなごりたっぷりな神社でした
今月も健康でしあわせな日々でありますように
<高崎市HPより>
村上天皇の天徳元(957)年、京都の石清水八幡宮を勘請(かんじょう)※したものです。
古くから、一国一社の八幡宮として広く尊崇されてきました。特に代々源氏の崇敬が深く、源頼義・義家(八幡太郎)は奥州征伐のおり、八幡八幡宮に必勝祈願し、戦勝の結果社殿を改築されたといいます。
また、源頼朝は鎌倉に幕府を開くと神田百町を寄進し、全社殿の改築、参道杉並木の開さく、遠鳥居の建立などを行いました。
建物は神仏混淆式で、仏殿様式の建物も残存します。例えば、もと本地堂の天満宮、もと仁王門の神門、鐘楼(しょうろう)、拝殿内の護摩堂(ごまどう)などです。
本殿は権現造で宝暦七(1757)年に新築されたものです。境内北西隅にある地主稲荷社は、元宮として知られています