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先日
とても貴重な冊子を
お借りしました
一般には売られていない
郷土史です
130ページほどの冊子で
スキャンしてデータに残こしておこう
そして
なるべく早くお返しせねば・・
最初は
PDFにしたのですが
古い紙質のせいか
仕上がりがよくなく
結局写真モードに変えました
半分近く進んだところで
モードを変えたので
最初の半分はやり直し
しかも
ページのつなぎの行が
どうしても陰になりぼやけてしまうので
毎回
プリンターのカバーを抑えこみに行く
そんなことで
プリンターとパソコンの
行ったり来たりを100往復!!
読み込み終えたら
タイトルを整理し
重さも調整したので
3時間半かかりました
さすがに疲れましたが
これで安心です
その後
お買い物いったり
用事を済ませたりで
遅くなったので
夕食はバーミヤン(中華)に行きました
若い頃と違うので
食べすぎないよう注意注意
古代の鉄と神々(増補第三版)2012年
真弓常忠:住吉大社宮司・皇學館大學名誉教授
おもしろい本を読みました
(備忘録でもあるのでスルーしてください)
古代の製鉄の文化は
渡来人がもたらしたものというのが通説ですが
すでに弥生時代初期から
国内にも古代製鉄は行われていたという
少数意見もあります
作者の真弓常忠さんは
住吉大社宮司・皇學館大學名誉教授でもあり
神事を通しての考察から
渡来人以前に
「国内製鉄はあった」という立場です
その原料は
葦など植物の根元にできる
水酸化鉄の褐鉄鉱(サナギ・サナミ)であると
諏訪大社上社下社に伝世する
鉄鐸は鉄の筒状のもので
「佐那伎(サナギ)の鈴」とも称されますが
六口を一組として三組あり御立産神事(みたてまししんじ)に際して神使の行く先々の「湛(たたえ)」でこれを用いて祭祀が行う
湛は往古は湖沼などの傾斜地で
褐鉄鉱が採れることを祈ったのでは・・
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wikipediaより
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ところで水酸化鉄で
製鉄ができるのか?と思いますが
「橿原考古学研究所の古代刀剣シンポジウム(昭和57年9月9日)で、日立金属治金研究所清水欣吾氏は、奈良県内の古墳出土の刀剣等百六点を化学分析して、原料は褐鉄鉱・赤鉄鉱であることが判明したと発表」されたそうです
古事記や日本書紀で
「豊葦原の瑞穂国」と表現されるの
葦の繁る場で採れる褐鉄鉱が
製鉄に大事な資源だったからではと
オオムナチの別名は「大穴持命」で
大穴が鉄穴を連想させ
出雲国風土記で
「天下造らしし大神、大穴持命」
「五百つ鋤(すき)の鋤なおとりとらして天下造らしし大神、大穴持命」
さらに別名の「八千矛神」は多くの武器・「葦原醜男」は鉄滓の様子
オオナムチの国つくりは
鉄作りそのものではなかったか
荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡の謎は
「銅鐸を埋めたのは製鉄の原料であるスズを求めての祭祀の料であったのでは アメノヒボコらの名で帰化系技術者(韓鍛冶)の渡来で技術革新がおこり銅鐸の必要性がなくなり、銅鐸祭祀は終焉し古墳時代となった」
倭姫命の巡幸地は産鉄地で多くはスズの採取を行った初期製鉄の地
神武天皇の東征は稲作がもたらされた物語では?
(日神祭祀の祭場に鉄が得られた)
古代製鉄のつながりで、鉄を得る予祝の祭祀が芸能をともなった?
(猿女君・小野猿丸という芸能伝承者が伝えたが、もともとは海人族が鉄をもとめた予祝儀礼に由来)
吉野・熊野の修験道の霊場は鉱山地帯
修験道は霊力・権力を得ようと山林を修行したが、より現実的には、鉱物資源を探り当てる不屈の魂を必要としたのでは
神々の祭祀は、本来、始源の状態を繰り返し
祖型を反復することで神聖な過去を再現し
原初の時を回復するという性格のもの
由来を語る祝詞が神話となり
神々の交流をはかるため
集団の思い出を躍如たる姿に演じるのが神楽などの神事芸能
それゆえに神の名や神話や神楽をてがかりに復元できる
稲の豊かな実りを希求した先祖の生産生活を支えたのは
神々への敬虔な祈りと
神々に象徴された生産生活にかかわりの深いモノ
それが鉄であった
【考察された神社】
美作国一宮中山神社
南宮大社(美濃国)
三河国一之宮砥鹿神社
射楯兵主神社
倭鍛冶と韓鍛冶の神々
真名井神社
籠神社
伊太祁曽神社
日前神宮・国懸神宮
丹生都比売神社
伊勢国一之宮椿大神社
二荒山神社(宇都宮・中宮祠)など
土間が時々出ますが
これも俵屋吉富さんのお宅でしょうか
愛宕神社の
火迺要慎(ひのようじん)のお札が見えます
さて、ここからは
昨日の分
再び土間が出ました
私の実家は
小さい頃に建て直したのですが
古い家の記憶が少しあります
台所は土間で
一段下がってて
板が敷いてあったので
靴下で降りれました
危ないから
降りないようにと言われましたが
こっそり降りてみると
蚊に刺されました
竈ではなくガスだったと思いますが
お料理するのは
たいへんだと思いました
ドラマのお台所も
竈はなくコンロですね
俵屋吉富さんが
今回も出ました
お店の中です
一度行ってみたいです
前に小川通りの
裏千家の今日庵・不審庵から
武者小路千家官休庵まで歩いたことあるので
なんとか行けるかな
こちらは
「後の名月」のお月見
十三夜のやや欠けた月の方が
京都人は好きかも・・と
先週の
エンディング曲の映像は
毘沙門堂の紅葉でした
ブロ友さんが
よく行かれるお寺です
































