昨日は
子ども塾のお疲れ様ランチでした

オリエンタルホテルのレストランで
年に一度のお楽しみ
代表さんと先生とご一緒に

普段も
ファミレスでランチしながら
打ち合わせするのですが

今回はちょっとゴージャス
議題はなし



・・のつもりでしたが


「ちょっと皆さんにご相談があって・・」

との話に

みんな前のめり


結局

いろいろ知恵を出し合って

やることを決めました


私の宿題もできちゃいましたが

まぁみんないるから大丈夫^_^


メインディッシュは

甘鯛の鱗焼


この後のデザートは

嬉しい食べ放題!


全種類ゲットしなきゃと

あわてていただいたので

写真撮るの忘れました(笑)



先日

とても貴重な冊子を

お借りしました


一般には売られていない

郷土史です


130ページほどの冊子で

スキャンしてデータに残こしておこう

そして

なるべく早くお返しせねば・・


最初は

PDFにしたのですが

古い紙質のせいか

仕上がりがよくなく

結局写真モードに変えました


半分近く進んだところで

モードを変えたので

最初の半分はやり直し


しかも

ページのつなぎの行が

どうしても陰になりぼやけてしまうので

毎回

プリンターのカバーを抑えこみに行く


そんなことで

プリンターとパソコンの

行ったり来たりを100往復!!


読み込み終えたら

タイトルを整理し

重さも調整したので

3時間半かかりました


さすがに疲れましたが

これで安心です


その後

お買い物いったり

用事を済ませたりで

遅くなったので


夕食はバーミヤン(中華)に行きました

若い頃と違うので

食べすぎないよう注意注意



昨日の
京都人の密かな楽しみ-継承rouge-
は最終回でした

何百年も続く老舗の継承は
菓子司も呉服屋も
無事に
若い世代に引き継がれることになりました

途中登場した
橋の下のサルトル氏は
実は古い漬物屋の長男で
跡継ぎ問題から逃げ出したものの
気がつくと
「帰る場所はなくなってた」
京都は継承に関しては冷徹だと

で・・この続きは
次回のテーマになっていくのでしょうか

さて
エンディングで
流れた映像は

まず南座のまねき上げ
(11月下旬頃)



次は大晦日

北野天満宮



雷電・火難・五穀の守護である

摂社の火之御子社で

火打石を使って新しい火をきり出す

「鑽火祭(きりびさい)」※HPより


をけら詣りとも言うそうです



斎火から

火縄に火を移して

ぐるぐる回しながら家へ


蝋燭に火を移して

竈門の神さまへ


この火種で新年の雑煮を作ると

無病息災で過ごせるそうです



桜が咲いているかも・・
と期待して行った
松山道の伊予灘サービスエリア
 
ところが
記憶違いで
桜の木はなくて
木蓮のつぼみが膨らんでました

 

伊予灘SA 木蓮のつぼみ、春の訪れ

 

ちょっと

ぼけてますが

こんな感じ

 

咲いたら綺麗でしょうね

 

木蓮のつぼみと青空

 

正岡子規の句碑があります

 

石手寺へ

まわれば春の

日暮れたり

 

ちょうど今ですね

 

正岡子規の句碑、石手寺と春の句

 

そして

お土産は

広島では買えない

坊ちゃん団子^_^

 

坊っちゃん団子と栗タルト

 

三連休
ちょっと海を渡りました
 
いいお天気

 

青い海に白い船、晴れた空

 

途中のサービスエリアで

蛇口からみかんジュース

 

蛇口からみかんジュースとみきゃんマグカップ

 

砥部焼

 

若い作家さんは

絵柄も自由で軽やか

 

砥部焼の湯呑み、花柄と青いひし形模様

 

松山市内の

自動販売機に

夏目漱石と正岡子規

 

二人は

愚堕落庵と名付けた家で

52日間同居しました

 

松山自動販売機 夏目漱石と正岡子規

 

市電はみかん色

 

晴れた暖かい日で

ガソリン代もまあまあ元に戻って

どこも人出が多いです

 

みかん色の市電と広島銀行、JAビル

 

昨日19日
広島も桜の開花宣言がでました
過去2番目に早い開花だそうです
 
そんなことで
コートを着ずに
スカーフだけ巻いて外出しました
行き先は
 
広島の福屋デパート
十五代沈寿官展が開かれています
 
無料で入っていいの?
と思うような立派な展示会で
十五代の作品がずらりと並んでいました
 
薩摩焼の優しい色合いに
金蘭の絵模様
精巧な手仕事は言うまでもなく
昆虫や動物たちが愛らしく
 
どれも美しく素晴らしい
 
お値段もそれなりですが
こっそり買ちゃおうかな・・
(迷ってます)
 
実は2019年に
鹿児島の沈寿官窯へ行った時
十四代に出会いました
 
あの時買った鶴首の花入は
十五代の作品でした
すると
十四代が和紙に筆で
さらさらと銘など書いて
すぽっと花入に入れてくださいました
 
「焼き物は旅をする」
こうして入れておくと
行き先がわかると
 
少しずらしたメガネでにっこり
暖かいお人柄が伝わって
忘れられない思い出です
 

 

沈寿官窯 籠目透蝉香炉と猫香炉

 

 

沈壽官窯の透かし細工香炉

 

 

 

古代の鉄と神々(増補第三版)2012年 

真弓常忠:住吉大社宮司・皇學館大學名誉教授

 

おもしろい本を読みました

(備忘録でもあるのでスルーしてください)

 

古代の製鉄の文化は

渡来人がもたらしたものというのが通説ですが

 

すでに弥生時代初期から

国内にも古代製鉄は行われていたという

少数意見もあります

 

作者の真弓常忠さんは

住吉大社宮司・皇學館大學名誉教授でもあり

神事を通しての考察から

 

渡来人以前に

「国内製鉄はあった」という立場です

 

その原料は

葦など植物の根元にできる

水酸化鉄の褐鉄鉱(サナギ・サナミ)であると

 

諏訪大社上社下社に伝世する

鉄鐸は鉄の筒状のもので

「佐那伎(サナギ)の鈴」とも称されますが

六口を一組として三組あり御立産神事(みたてまししんじ)に際して神使の行く先々の「湛(たたえ)」でこれを用いて祭祀が行う

 

湛は往古は湖沼などの傾斜地で

褐鉄鉱が採れることを祈ったのでは・・

---------

wikipediaより

諏訪大社上社の鉄鐸:佐那伎の鈴

---------

ところで水酸化鉄で

製鉄ができるのか?と思いますが

 

「橿原考古学研究所の古代刀剣シンポジウム(昭和57年9月9日)で、日立金属治金研究所清水欣吾氏は、奈良県内の古墳出土の刀剣等百六点を化学分析して、原料は褐鉄鉱・赤鉄鉱であることが判明したと発表」されたそうです

 

古事記や日本書紀で

「豊葦原の瑞穂国」と表現されるの

葦の繁る場で採れる褐鉄鉱が

製鉄に大事な資源だったからではと

 

オオムナチの別名は「大穴持命」で

大穴が鉄穴を連想させ

出雲国風土記で

「天下造らしし大神、大穴持命」

「五百つ鋤(すき)の鋤なおとりとらして天下造らしし大神、大穴持命」

さらに別名の「八千矛神」は多くの武器・「葦原醜男」は鉄滓の様子

 

オオナムチの国つくりは

鉄作りそのものではなかったか

 

荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡の謎は

「銅鐸を埋めたのは製鉄の原料であるスズを求めての祭祀の料であったのでは アメノヒボコらの名で帰化系技術者(韓鍛冶)の渡来で技術革新がおこり銅鐸の必要性がなくなり、銅鐸祭祀は終焉し古墳時代となった」

 

倭姫命の巡幸地は産鉄地で多くはスズの採取を行った初期製鉄の地

神武天皇の東征は稲作がもたらされた物語では? 

(日神祭祀の祭場に鉄が得られた)

古代製鉄のつながりで、鉄を得る予祝の祭祀が芸能をともなった? 

(猿女君・小野猿丸という芸能伝承者が伝えたが、もともとは海人族が鉄をもとめた予祝儀礼に由来)

吉野・熊野の修験道の霊場は鉱山地帯 

修験道は霊力・権力を得ようと山林を修行したが、より現実的には、鉱物資源を探り当てる不屈の魂を必要としたのでは

 

神々の祭祀は、本来、始源の状態を繰り返し

祖型を反復することで神聖な過去を再現し

原初の時を回復するという性格のもの 

由来を語る祝詞が神話となり

神々の交流をはかるため

集団の思い出を躍如たる姿に演じるのが神楽などの神事芸能 

それゆえに神の名や神話や神楽をてがかりに復元できる

稲の豊かな実りを希求した先祖の生産生活を支えたのは

神々への敬虔な祈りと

神々に象徴された生産生活にかかわりの深いモノ 

それが鉄であった

 

【考察された神社】

美作国一宮中山神社
南宮大社(美濃国)
三河国一之宮砥鹿神社
射楯兵主神社
倭鍛冶と韓鍛冶の神々
真名井神社
籠神社
伊太祁曽神社
日前神宮・国懸神宮
丹生都比売神社
伊勢国一之宮椿大神社
二荒山神社(宇都宮・中宮祠)など

 

古代の鉄と神々 真弓常忠著

 

今日は
朝から冷たい雨ですが
 
昨日は暖かくて
いいお天気でした
 
自転車で図書館に行くのに
広島大学跡地の
東千田公園を抜けて行きました
 
そうしたら
白木蓮が咲いていました

 

白木蓮が咲く東千田公園とビル

 

花壇には

オオキバナカタバミ

 

光を集めて

キラキラ

 

東千田公園のオオキバナカタバミ

 

広島大学は

40年以上前に

東広島市へ少しづつ移転

 

今の65歳以下の人からが

移転組かな

 

広島市内から通うには

2時間くらいかかるので

1限目の授業は出られるのかな?

 

東広島市に下宿するんなら

県外にでても

同じじゃないかと

考えた人も多い気がします

 

広島は

若者の県外流出が全国一

これも原因のひとつと思うのですが・・

 

東千田公園のメタセコイア並木

 

一度会ったら
絶対忘れない!
そんなインパクトのある人もいますが
 
私はたぶん
印象薄いタイプです
 
そんなことや
子ども塾のことを知ってもらう目的で
名刺を作ってます
 
チラシを置いてもらう時など
便利です
 
その名刺が切れたので
作らないと・・
 
町の印刷屋さんのは
とっても高いし
 
100枚1000円のところを見つけましたが
個人情報を置いていくのが
ちょっと不安なお店でした
 
先日
(テレビの宣伝だったか)
ネットで名刺注文できて
500円くらいというのを見て
 
パソコンで探してみたら
いくつか出てきました
 
そうしたら
全国で展開している印刷会社が
両面印刷429円で
ネット注文でき
広島の店舗で受け取りというのがあり
ここに決めました
 
ネットだけだと
いろいろ聞けないですが
ここはお店があるので大丈夫
 
かくして
数時間後には
完成しましたとメールが届き
メール文のURLにQRコードがあり
お店に行ってボックスにかざすと
ガチャっと開いて
ちゃんと受け取れました
 
出来は上々^_^

 

パンジーの花と葉のクローズアップ

 

時間に追われていて
2回分の録画を続けて観ました
 
テーマは
継承・女の覚悟
 
まずは先週分
ロケ地の『俵屋吉富』本店
 
前回間違えて
鶴屋吉信さんと書いてしまいました
ごめんなさい

 

 

土間が時々出ますが

これも俵屋吉富さんのお宅でしょうか

 

愛宕神社の

火迺要慎(ひのようじん)のお札が見えます

 

 

さて、ここからは

昨日の分

 

再び土間が出ました

 

 

私の実家は

小さい頃に建て直したのですが

古い家の記憶が少しあります

 

台所は土間で

一段下がってて

板が敷いてあったので

靴下で降りれました

 

危ないから

降りないようにと言われましたが

こっそり降りてみると

蚊に刺されました

 

竈ではなくガスだったと思いますが

お料理するのは

たいへんだと思いました

 

ドラマのお台所も

竈はなくコンロですね

 

 

俵屋吉富さんが

今回も出ました

 

 

お店の中です

一度行ってみたいです

 

前に小川通りの

裏千家の今日庵・不審庵から

武者小路千家官休庵まで歩いたことあるので

なんとか行けるかな

 

 

こちらは

「後の名月」のお月見

十三夜のやや欠けた月の方が

京都人は好きかも・・と

 

 

先週の

エンディング曲の映像は

毘沙門堂の紅葉でした

ブロ友さんが

よく行かれるお寺です