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 さて、江戸城では、遠山ら七人らの押し込みの翌日、重役だけに、この事実が知らされた。将軍家慶が、遠山からの報告を受けて、黒書院の間に重役を集め、自らしゃべり、そのあと、遠山に説明させた。そして、最後に、この部屋を出たら、この話は決して、言うな、と念押しした。


 その後、部屋を出たら、水野が、遠山に話しかけてきた。


 「左衛門尉、よくやった。わしに前もって言ってくれればよかったものを。しかし、ともかくも、鳥居をやっつけてくれて、わしはうれしいぞ」


 そういったのだが、遠山は知らん顔である。


 「なぜ、何もしゃべらん」


 と、詰問した時に。襖の陰から、家慶が現れた。


 「越前、おぬし、何を言っておる。ちと部屋に残れ。左衛門尉も一緒に」


 そう声をかけた。


 三人と刀持ちの二人の少年が残った。


 「越前、さきほど、わしが言ったこと、忘れたか」


 「な、なんでござりましたか」


 水野は、遠山が鳥居をさんざんやっつけたことで有頂天になって喜び、家慶の話を聞いていなかったのだ。


 「この話、黒書院を離れたら、決して口にするなと言ったであろう」


 「はっ、はあ。まことに申し訳ござりませぬ」


 水野は謝ったものの、家慶は許さなかった。


 「水野、おぬしは疲れておるようじゃ。役職を解くから、ゆっくり養生せよ」


 「えっ、なんと仰せでござりますか」


 「役職を解く。後任は、伊勢じゃ」


 「あ、阿部でございますか」


 「そうじゃ。ただし、この人事は、当分の間、伏せておく。おぬしは、病じゃから、出仕に及ばずじゃ。当面、阿部を代理とする。遠山、おぬしが証人じゃ。今日中に沙汰する」


 家慶は出て行った。


 「では、水野様、お先に失礼仕ります」


 がっくりと肩を落とす水野をしり目に、遠山は出ていった。


 家慶にすれば、もはや天保の改革によって、江戸町民はおろか、全国で怨嗟の声が上がっていた。いったんは水野を解任して、土井を後任につけたが、江戸城の火事に後始末がきちんとできず、土井も解任して、そのあと、二枚腰で再び水野が上ってきたものの、旧来の天保の改革の延長しかできず、これではいかんと思っていたのだった。


 その後、将軍の人事が発表になり、水野が病気を理由に当分の間療養、鳥居も病気を理由に辞任となっていた。代理は阿部正弘であある。水野が正式に辞め、阿部が首座になるのは秋である。


 鳥居の後任は、正式に遠山に決まった。




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