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 それからしばらくして、遠山邸に、珍しい客がやって来た。韮山奉行所の代官、江川英龍であった。


 「遠山様、お久しぶりでございます」


 座敷に通されて、座布団を当てがわれると、江川は、きちんと正座して深々とお辞儀をした。


 「まあまあ、楽になされよ」


 「はっ」


 遠慮なく胡坐をかいた。


 「今日はなんでござる。あの男、本庄とか言ったかなあ、それが何か言いましたか」


 「さすが、御明察でございますなあ。あの男、当方が預かりまして、最初はなかなか口を割りませんでした。拷問など、手荒なこともしましたが、まったくだめでございました、私も根が尽きて、蘭学やエゲレス語に興味を持ったようですので、ちょっと学んでみるかと水を向けましたところ、やってみようかと生意気なことを申しましたが、教えてみると、なかなか筋がいいのです。私が、あ奴が墓穴を掘ったオーブンのことをいろいろ教えていると『先生、申し訳ありませんでした』と、自らしゃべってくれました。そして『この上は、自分がどうなってもいい。鳥居様に、蘭学やエゲレス語は、野蛮人のしゃべる言葉と言われ、南蛮の国々を馬鹿にしておりましたが、違うことがよくわかりました。たとえ死罪になろうとも、私が真実を言うことで、これらの学問をする人が増えれば、それで構いません。いや、この国は、学ばなければなりません』と、かように言って、鳥居の悪だくみをすべてしゃべってくれました」


 「おお、それはすごい手柄じゃないですか、江川殿。これはいい」


 それから江川は、江戸の洋学者を狙った一連の事件、斉藤弥九郎を襲った事件が鳥居が命じたものであり、最初の事件、井上伝兵衛の暗殺も、鳥居の指図で行ったことなどすべてを本庄が吐いたと伝えたのだった。





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