541


 <そいつは、ちょっと困ったぜ>


 腹の中で、遠山がつぶやいた。


 <この人が出て来ると、面倒なことになりそうだしなあ>

 水野にしゃしゃり出られては、遠山の計画

が狂ってしまう恐れがある。せっかく排除し

た水野が、鳥居の悪行を暴露することで、老

中首座に返り咲くことはないのか、いや、ま

さかそんなことはあるまい。だが、この御仁

は、土井様を窮地に追いやって、自分が返り

咲くことを狙っているかもしれないし・・・

などと逡巡した。


 「で、どうやって、仕返しをするおつもり

ですか」


 「そうよのう。そちが調べたことを、登城

して上様にぶちまけようかと」


 「それはお待ちください。調べたことをお

教えして構いませんが、確認が必要でござい

ます。それに、これは私の職責ですゆえ、私

にお任せいただけないでしょうか。越前守様

が上様に申し上げても、何を証拠にと言われ

ましょうぞ」


 「うむ、それもそうだのう」


 「分かっていただけましたか。どうか、私

にお任せください」


 「うむ、分かった。任せよう」


 「では、辛気臭い話はやめにして、ここ

は大いに楽しみましょうぞ」


 「こういう席は久しぶりぞ。大いに楽しも

う」


 遠山が手を叩くと、囃子と太鼓、踊り手の

芸者が数人入ってきた。美形である。皆、お

庭番のくの一で、日頃から、こうした習い事

をしているのだ。なんに扮しても上手くやら

なければ、忍者の勤めはおぼつかない。むろん、男の忍者も同様だった。


 水野は我を忘れたように、目がいきいきと

輝きだした。





ペタしてね 読者登録してね