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「恐らくな、土井様は、上様にすべてを訴えるであろう」
遠山が静かに言った。
「はい、そのように承りました」
「そして、上様はわしに確かめるかもしれん」
「はい」
「で、なんと答えようとするか、分かるか」
「さあ」
「わしは、それについては知らんといおうと思う」
「はあ」
内山は、解せなかった。
<鳥居の用人どもをつけて、土井様の領地での悪行が分かったというのに、知らんというのであろうか。これには、水野様は関係ない。それを知っているのは、遠山様と友人の勝様、そして我々だ。いわば、水野様の潔白を知っているのは、我々であり、知らないといえば、水野様が苦境に陥る。しかも、我々もあらぬ疑いをかけられてしまうではないか。・・・・あっ、そういうことか>
内山の謎解きが終わったとみて、遠山は、話しかけた。
「どうじゃ、解けたか」
「はい」
「いうてみろ」
「はい。遠山様は、一切知らないとしらを切って、これは老中首座の水野様が、直々に我らお庭番を使ったかもしれないと匂わす・・・ということではありませんか」
「うむ、そういうことじゃ。このあたりで、あの世の中を暗くしている水野様には、退いていただかないとなあ」
<なるほど、遠山様は、ああみえて、すごい業師なのかもしれないなあ>
内山は、改めて、遠山に心服した。お庭番が苦境に立つかもしれないことは、しばし、忘れていた。