振り返った小吉が男谷にほほ笑んだ。

「新ちゃん、いや新太郎さん、久しぶりだなあ。家が近いのに、なかなか会う機会がないなあ」

 「本当に久しぶりだなあ、叔父貴」

 精一郎が応える。

 「叔父貴はよせやい。おめえさんはもともと従兄弟の子供とはいえ、おれより四つも年上だ。兄の彦四郎の娘、お鶴といっしょになって男谷本家を継いでくれたから、叔父と甥の関係になったとはいえ、叔父貴はやめてくれよ。それにおれは、家を出て勝家に養子に入った身だ」

 「わかった、わかった。じゃ、小吉さんでいいだろう。で、おれも新太郎から精一郎に名前が変わってもう二十年以上になるんだぜ。信友という名もあるがな」

 「おれも左衛門太郎夢酔だい。しかし、そんなちゃちほこばっててもしようがねえ。信友さんでは、堅苦しくて調子がはずれる。精一郎さんでいいだろう」

 「まあ、なんでもいいがね」

 と二人で笑う。会えば、いつも、こんなふうに、ちゃちゃを入れるのだった。

 「でもよお、精ちゃん、おめえ、相変わらずだなあ。なんで刀を抜かないんでえ。若いころも、おめえの兄の忠次郎とおめえとこの用人の源兵衛と四人で、八幡様のお祭りに行って、忠次郎が土地の不良に喧嘩を吹っ掛けて、結局町民五十人ばかしを相手にしたが、その時もおめえさんは、刀を抜かずに投げ飛ばすだけだった。ついに抜いたと思ったら、さっきのように、鞘に入れたまま振り回していただけだ。おれも忠次郎も源兵衛も刀を振り回して何人か傷つけてしまったけどね」

 「おれが二十歳のころだったなあ」

 「そうそう、おれが十六だ。お前さんもおれも妾腹の子だけど、うちの親類は、だれもそんな目でみなかった。兄弟親戚みな仲がいい。お前さんは小さい時から、おれのように我儘を言わないし、学問もよくできたし、剣術もうまかったなあ」

 「剣術といっても、おれのは道場剣術だよ。昔から、あまり刀を抜きたくなかった。相手を傷つけるのはどうもなあ。だから、さっきのようなのは、お前さんに任せた方がいいよ。えらい迫力だったぜ」

 「ははは、お前さんは人間ができてるからねえ。それに優しいからなあ。だから、今でも道場に他流試合の申し合わせが来ても、三本のうち一本は負けてやるのかい。そういうのは、もうよした方がいいぜ。勘違いするやつが多いぜ」

 「あはは。もうその話はいいやい。ところで、お前さんを探していたんだ。ちょうどよかった」

 「なんでえ、なんでえ、おれのうちに行く途中だったのけえ。おれも吉原からのけえりなんだ。ちょっとそこで話を聞こうじゃないか」

 「まだ、吉原にいってんのかね」

 「そうめったにはいかねえよ。ちょっとおれが世話しているチンピラがいてなあ。そいつが、金がへえったから料理も女も世話してえっていうもんだから、馳走されてきた」

「なんでもいいが、居酒屋で話すのはちょっくらまずいんだ。お前の家に行こう」

 そう言って、男谷は、左手を小吉の背中に回して、押すようにして歩き始めた。

 「なんでえ、なんでえ、つまんねえの」

 小吉は、すねているようだったが、やがて観念して、自分から歩き始めた。

 ものの三町ほどで、勝一家の住む小さな家に着いた。


            ペタしてね