トミタ関係者の集いは、米国トミタの山下社長が音頭を取って、急きょ人を集めたものだった。急な人集めだったが、トミタ関係者らは、大動員をかけて、行けるものは社費で行かせた。ディーラーには、1人当たりいくらという補助金がばらまかれた。しかし、それを嫌がるものはあまりいなかった。トミタの危機は自分の身も危なくなると言うことを、皆自覚していた。まだ、トミタ車に欠陥があると決まったわけではない。それなのに、なぜこれほどまでに叩かれなければならないのかーそういう思いで、このホテルにやってきた。
席に着いた保男は、その後のことはあまり覚えていなかった。大広間に入った瞬間の拍手に感激して、神経が高ぶったからだ。集いが終わり、保男が、車で5分ほどのホテルの自室に戻ったのは、午後11時だった。会の後、山下ら米国トミタの幹部と食事をして、バーで少し飲んだ。
ホテルの部屋で風呂に入って早く寝ようとしたが、なかなか寝付かれなかった。時差ぼけと、興奮して気持ちも高ぶっていた。
すると、携帯電話のバイブレーションがグググググと音を立てている。誰からだろうと発信先を見ると、日本の雄一郎からだった。
「どうも、保男です」
「うん。公聴会はどうだった?」
「まだ何とも。でも、こちらの山下社長がいろいろ工作をしてくれました」
「分かった。それよりお前、社員やディーラーが集まった席で涙を見せていたな。こちらのテレビニュースでやっていた」
「早いですねえ。つい感激しまして。こんなに痛めつけられてと思っていたところに、100万の味方を得た気持ちになりました」
「バカ者。お前はトミタの総帥なんだぞ。それを自覚しているのか」
「はあ」
「いいか、トップというものは、泣く時は自分のために泣いちゃいかんのだ。従業員のために、業界のため、日本のため、世間のために泣くんだ。自分を殺して生きるんだ。それがトップだ。業界1位のトミタには、特にそれが求められているんだ。泣く時は人のために泣け」
「・・・」
「いいか、今日の父の言葉を肝に銘じておくんだ。私も、曾祖父も、祖父も決して自分のためには泣かなかった。総帥とはそいうものだ」
「はい、分かりました」
最後は、それだけいうのが精いっぱいだった。
翌朝、わずかしか寝ていなかったが、保男は起きるとすぐテレビをつけた。ニュースを見るためだ。昨日、雄一郎から言われてから、ニュースなどを調べようとしたが、遅い時間だったで、もうしまったのか、やっていなかった。24時間ニュースも見たが、公聴会の様子は要られたが、トミタの集いらしきものはやっていなかった。雄一郎に言われて、涙を見せたことがマイナスになったのではないかと気にしていたのだ。ただ、24時間ニュース番組での公聴会の扱いは、好意的だった。
朝のニュースでは、トミタの集いをやっているのではないかとチャンネルを次々と変えて行く。さらに、ドアを開けて、山積みになっているアメリカの新聞を手にしてベッドに戻った。
ページをめくっていくと、あった。
「タイクーン、無実を主張」
「ミスター・トミタが、誤り見つかれば補償すると語る」
などとあった。しかし、新聞も総じて好意的だ。
トミタの集いの報道もあった。
「オンゾウシの目に涙」
「頬を伝わる涙」
などと書かれているが、悪意に満ちtあものはなかった。
やがてテレビからニュース番組の音楽が流れ、5番手くらいに公聴会やトミタの集いのことが流れた。これも新聞同様だった。アメリカでは、涙を流すと弱虫と思われると留学時代から聞いてはいたが、そうした報道は、テレビも新聞もまったくなかった。