社長の長山が、雄一郎の部屋に入ってきた。

 「名誉CEO、何かありましたか」

 訝った長山が、単刀直入に尋ねた。

 「うん、君に最近の会社の様子を聞こうと思ってね」

 「はあ」

 「このところ、工場を世界各地に作っているようだが」

 「ええ。会社の長期計画を少し前倒ししておりますが、それは名誉CEOも出られている役員会でも申し上げておりますが」

 「それは知っているが、ちょっと僕が想像していたより早い気がする」

 「はい」

 長山は、雄一郎と近い関係にあった。もともとがトミタ自工の出身だし、長山と一緒に仕事をしたこともある。

 長山は、言おうか言うまいか逡巡していたようだが、やがて思い切って口を開いた。

 「実は、私も早いと思っています。ただ、沖川会長が前びろっで思い切ってやれと言われるものですから、名誉CEOもご存知だと思っていました」

 「いや、僕はそんなことは知らない」

 「そうでしたか」

 「もう決まったものは仕方がないが、次からはちょっとスピードを緩めた方がいいと思うよ」

 「はい。それから、私は今年社長を引くようにと言われているのですが、これはご存知ですか」

 雄一郎にとって初耳だった。

 「知らない。誰がそんなことを言ったんだ」

 「沖川会長です」

 「おかしいな。僕は君にあと1期か2期くらいやってもらおうというつもりなんだが」

 「えっ、そうなんですか」

 「で、君は何になるんだ」

 長山は、ここは正直に言ったほうがいいと判断した。

 「分かりません。まあ、そうはっきり言われたわけではなく、サジェスチョンされたのですが・・・」

 「分かった。僕から沖川君に聞いてみる」

 長山が出て行った後、雄一郎は、会長秘書に直接電話を回した。手がぶるぶると震えているのが分かった。こんなに怒りがこみ上げてくるのは、もう20年くらいなかった。

 <落ち着け、落ち着け>

 そう心の中でいいながら、ダイヤルを回し終えた。