「杉田様

  上田綾子という名前、思い出していただけましたが。たった1年くらいしか現代文化研究会にいませんでしたが、よくあの頃を思い出します。一度お会いしてお話したいと思うのですが、いかがでしょうか。

 30年近くも消息不明でいきなり会いたいというのは、あまりに不躾だと思いますが、お話したいこともあります。ぜひ、お時間を空けていただけないでしょうか」


 こうした文面のメールを送った。


 健三は、そのメールを見て、正直、嬉しく思った。会いたい、という思いが、ふつふつと頭に湧きあがる。

 <雄介とたまたま会って、俺のメールアドレスを聞いたと書いてあったが、なんで今さら会いたいのかな>

 あれこれ、頭の中で想像を巡らせた。幸い、妻は風呂に入っているし、息子たちはそれぞれの部屋だ。

 <そうだ、久しぶりに雄介に電話してみよう>

 健三は、携帯電話のボタンのを押し始めた。

 なかなか出ない。

 <おかしいなあ。去年会ったときは、そんなに忙しくない部署になったと聞いていたのに・・・。まあ、いいか>


 そう考えて、健三は、綾子宛の文面を考えて、キイをたたき始めた。


 「この間、メールを見たときは、本当に驚きました。でも、本当に綾ちゃんからなのか、あるいは学生時代の悪友がからかっているんじゃないかと思ったりしました。それで、あんな大きなクエスチョン・マークを書いたのです。

 どうやら正真正銘の綾ちゃんらしいですね。

 これまで、どうなさっていたのですか。いや、お会いできるんだったら、こうした話は、その時までにとっておきます。

 私の都合は、土日ならすべて空いております。平日なら、7時くらいだったら、大丈夫です。いつがいいか、お知らせください。

 場所は、大学の庭園にあるRホテルでどうですか。今は、あの庭園の一角にホテルが立っているとは、想像もできませんよね。

 じゃあ、日程をお知らせください」


 メールを送ると、慌てて、綾子から来たメールと今送ったばかりのメールを「削除済み」に移した。

 その時、妻の初枝が風呂場から出てきた。

 「あら、パソコンをやっていたの。あなたも早く入ったら?」

 「ああ、もう終わったから入ろうかな」

 そう言って、健三は慌ててパソコンの終了のところをクリックした。


 綾子は、メールをその日の夜遅く読んだ。

 健三の嬉しいと思う感情が伝わってくるのが行間から感じられた。それが分かるので、綾子は憂鬱になった。

 <そうして、雄介さんは杉田さんに会ってくれなんて宿題を残したのかしら>

 綾子は、雄介の

 「健三に申し訳ない」

という贖罪の気持ちだと解したのだが、それでも完全に納得いかなかった。できれば会いたくなかったが、雄介との約束だと思って、会う決心をしたのだった。