8月の旧盆のころ、雄介の残した住所録に沿って、死亡通知をパソコンで作り、住所録もパソコンに入力した。そして、一挙に印刷した。だが、すぐには出さず、しばらく手元に置いておいた。
9月になって、それを郵便局に出した。たった1通を除いて。
それから、残った1通の宛先の名前の男のアドレスに、メールを送った。雄介との約束を果たすためでった。
返事に文面はなかった。ただ、大きく
?
のマークがあっただけだった。
「ふふふ」
と、思わず笑ってしまった。
<30年ぶりくらいに私からメールが行って驚ろいているのかしら>
健三のびっくりした顔が目に浮かぶようだった。
そんな時、自宅に電話がかかってきた。出ると、元夫のジャックだった。
「このところ、あまり東京の店には顔を出していないみたいだね」
「ええ、ちょっと私用が忙しくて。でも優秀な支配人だから、大丈夫よ」
「うん、売り上げは上がっているからね。でも、その支配人が、君がいる来るか、毎日皆緊張しているので、自然頑張っていると言ってたぞ」
「あら、そうかしら。私、言っても、何もうるさいことは言わないわよ」
「それは、君に自然と備わった威厳があるということさ」
「へえ」
「ところで、ローマの店に日本人と行ったそうだね」
ジャックは、日本の男とは言わない。言うのを憚っているのだろう。
「ええ、私の大事な人」
「結婚するのかい」
「生きていればね」
「えっ」
ジャックの言葉が途切れた。しばらく沈黙が続いた。しばらくして、受話器から、かないそうな声が聞こえた。
「気の毒なことをしたね」
「旅行する前から分かっていたから」
「そうだったのか」
「そう」
「ところで、そんな時に悪いのだが、今度オーストラリアに店を出そうと思う。協力してくれるかい」
「オーストラリアに」
「ああ。あそこはイギリス人の末裔が多いだろう。イギリスはまずい食事ばかりだったけど、最近彼等は、美味しさに目覚めてね。どんどん食事がよくなっている。僕らのロンドンのレストランも大流行りなんだ」
「そうらしいわね」
「それで、東京で成功した腕を見込んでオーストラリアに行ってもらいたいんだ」
「いつまでに返事をすればいいの」
「来月くらいにはほしい」
「分かったら。でも、条件が一つあるの」
「なんだい」
「それが成功したら、共同経営でなく私だけが所有する店を作りたいの。そのお金を貸してほしいの」
「ほう、どこに作るつもりだい」
「京都」
「そうか。老後日本で過ごすつもりなんだね」
「そういうわけじゃないけど」
「わかった。こちらはオーストラリアの店が成功したらという条件だ」
しばらく世間話をして、電話は切れた。
<そうだ、健三さんに返事を書かなければ>
綾子は、パソコンのキイをたたき始めた。