看護婦が、点滴を持ってやってきた。

 「これで痛みが和らぎますよ」

 そう言って、今やっている点滴が残り少ないのを確認して、取り付けた。おそらくモルヒネかなんかの痛み止めだろう。

 ちょうど看護婦が喋っている時に、綾子が入ってきた。こわばった顔になった。だが、すぐに、その顔を2人に見つからないように、明るく微笑んだ。

 「山中さん、もう大丈夫よ」

それだけ言った。

 「あのう、今日、うちに泊まっていただけませんか。1人だと不安なんで」

 思いがけない瞳の提案に、綾子も、

 <一緒にいてあげなければいけない>

と思った。

 「そうしてくれたまえ」

 痛みが引いた雄介も、望んでいた。

 「分かりました。そうさせていただきます」

 それから二人は、かなり遅くまで病院にいたが、雄介が、

 「大丈夫だから、早く帰って」

と勧めるので、2人は雄介のマンションに行った。

 その夜、綾子と瞳の2人は、明け方近くまで話をした。綾子は、大学時代の思い出、瞳は両親のこと、特に幼い時の思い出、それから京染めの修行のことなどを語り合った。

 年は離れていたが、何となく綾子は、なんとなく気が合いそうに思った。最初に電話した時は、話が話だっただけに、姉に比べて頼りなげな、それでいて少し暗い子かと思ったが、話してみると、そうではなさそうだった。

 翌日、朝早く、北海道に嫁に行っている雄介の妹の加奈が、知らせを受けて病院にやってきた。

 「後輩の上田綾子です」

と綾子が挨拶をすると、

 「存じていますよ」

と、思わぬことを言った。

 「えっ」

 「大学に入られたころ、うちにお父様と来られたでしょう。私、あの頃高校2年生でした。ふと、お兄さんと、綾子さんが結婚するんじゃないかと思ったんですよ。ぜんぜん見当違いでしたけどね」

 「そうでしたか。覚えていてくださって、ありがとございます」

 「でも、なんですねえ、別の意味で縁があったんでしょうねえ。今年の初めにばったり顔を合わせるなんて。しかも、それまではずっとフランスにいらしたわけでしょう」

 「ええ」

 綾子は、加奈がどこまで2人の関係を知っているのか分からなかった。だが、警戒心を持つこともなく、自然にふるまっていた。雄介は、顔を時折痛いのか顔をしかめていたが、痛み止めの入った点滴が聞いてくると、話の輪に加わった。

 「昨夜はどんな話をしたんだい」

と、尋ねたりする。瞳が

 「お母さんのこととか」

と応えると、

 「そうか」

と呟いて、綾子の方を見た。綾子は、微笑んでいた。それを見て、雄介は安心したような顔になった。

 夕方になって、長女の弘美も到着した。生まれたばかりの赤ん坊を抱いていた。雄介にとって初めての孫だった。

 「おう、よしよし」

そう声を挙げて、

 「抱きたい」

と言った。弘美が介添えして、孫のダイスケを抱かせた。漢字では大介と書くのだと弘美が皆に説明した。

 「たぶん、夫も2-3週間後に来ると思います」

と、弘美は語った。

 その夜は、3人はマンションへ、綾子は自分のマンションに戻った。