瞳が泣きやんだ頃、綾子は声をかけた。

 「いつごろ来れますか」

 「はあ」

 「看病とか、お見舞いに」

 「あっ、ごめんなさい。、気がつきませんでした。でも、今日はだめです。これから、親方に聞いて、夜にでも連絡します」

 「じゃあ、連絡を待ってます」

 電話を切った。


 急いで病院に戻ると、雄介は、すやすやと寝ていた。そばで寝息を聞いていると、もう何年、いや何十年も前から、雄介の寝息を聞いたきたような気がした。

 「奥さん、よろしいですか」

 看護婦が、綾子を呼んだ。着いて行くと、ナースセンターに医者がいた。

 「MRIとレントゲンなどの結果を見ると、思わしくありませんね。もう一月くらいかもしれません」

 「えっ、そんなに早いのですか。確か、年初くらいの診断ではあと1年くらいだと伺っておりますが

 「思いのほか、進行が早いようです」

 「では、家に戻ることはできませんね」

 「ええ、もうここで治療を受けてもらった方がいいでしょう」

 「わかりました」

 医者はナースセンターから、姿を消した。

 「すみません。申し訳ないのですが、あの人の娘が来ることになっておりますので、奥さんというのは、やめていただけませんか。私は嬉しいのですが、娘たちは嫌がりますので」

 と、看護婦に、気を悪くしないように、微笑んでやんわりと言った。事情をさとっとらしい中年の看護婦は

 「すみません。気をつけます」

 と丁寧に謝った。

 「いえ、こちらの方こそ、申し訳ありません。ちょっと複雑な事情があるものですから」

 というと、看護婦は

 「大丈夫です。みんなにもそれとなく言っておきます」

と答えた。

 「ありがとうございます」

そう言って、綾子は、部屋に戻った。雄介は目覚めていた。

 「ああ、来てくれてたんだねえ。荷物が置いてあったから、来たのが分かったよ。どこか行ってたの」

 「ちょっと、おトイレに」

 「そうか。どれくらい眠っていたのかなあ」

 「さあ。そんなに長くないんじゃないかしら」

 綾子は、努めてにこやかにしていた。

 しばらくすると、また、雄介は眠りに落ちた。それを見ていると、自然と涙があふれてきた。