大学を卒業した綾子は、季刊雑誌や不定期の雑誌を中心に発行している出版社に勤めた。今、時間があるときに手伝っている出版社である。そこに7-8年ほどいて、フランスの航空会社に移り、東京で事務職についた後、パリの本社に転勤になった。そこで、ジャックと知り合い、結婚したものの、10年ほどして別居、ついこの間離婚したばかりだった。


 「綾ちゃん、それで、君はなぜ僕らの前から姿を消したんだい」

 雄介が、思い切って聞いてきた。2人が男女の関係になった以上、隠す必要はない。

 「あなたが4年生になって、就職活動が忙しくなり、サークルに顔を出さなくなったからよ。それに、私も何かしたいとちょっと焦っていたから。そんな時に、パリの大使館に行く通産省の役人が、秘書みたいなことをする女性を探しているという話を聞いて、面接を受けたら受かっちゃったのよ。それで1年間、日本を離れていたの」

 「ああ、昔は外務以外の役人が海外に行くときに、自分で秘書を見つけて連れて行くという話を聞いたことがある」

 「そう。それで行ったの。そのご夫婦にはとてもよくしてもらったの」

 「そうだったの。健三のことは何も思わなかった?」

 「ええ、あの人は単なる先輩だと思っていたし」

 その言葉を聞いて、雄介は

 <健三が可哀想だなあ>

と、ちょっぴり思った。

 <とはいえ、今はできた奥さんと一緒になって、何の問題もなく、子どもも大きくなっているんだから、これでよかったかも。綾子と一緒になっていたら、すぐ離婚してたかもしれないし>

などとも考えた。


 「雄介さん、そろそろ行きましょうか」

 「うん、そうしよう」

 2人は車に乗り込んだ。ゆっくりとレストランの駐車場から道路に出ると、綾子はアクセルを踏み込んだ。車はスーッと加速していった。


 途中、いくつか寄り道をしてすっかり夕方になっていた。ポジターノという町を通るころに、空が赤くなり始めていた。そして、アマルフィーに着いたころには、西の海の方が、すっかり赤くなっていた。

 「綺麗だなあ。ああ、こんな景色が見られて良かった。これで、心おきなく死ぬことができるよ」

 雄介が、そんなことを口にした。

 「何言ってるの。夕焼けは秋が一番美しいのよ。また、秋にきましょう。きっとよ」

 綾子が口をとがらせて言う。それを聞いて、雄介は、力なく

 「うん」

と、小さな声で呟いた。