フランスでの生活は、あっという間だった。そのうち、大使館詰めの通産省の役人の妻がやってきて、家に出入りするようになった。

 「綾子さん」

と、その妻は、綾子を子供扱いするわけでもなく、大人として扱ってくれた。さんづけは、フランスを去るまで止めなかった。

 「こんな夫でごめんなさいね」

と、気の利かない夫と思っているらしい妻は、たびたびそう言っていた。

 「私なんか、どうして選んでフランスに連れて行こうと思ったのでしょうね」

綾子は、あるとき、妻に尋ねてみた。

 「さあ、私には何にも言わないから、今度聞いといてあげる」
と、直接切り出しにくい綾子に代わって、尋ねてくれることを約束した。

 「わかったわよ」

次に、会ったときに、綾子は妻から聞かされた。

 「まず、あなたが、亡くなった妹によく似てたからだといってたわ。妹に何もしてやれなかった、海外にあこがれていた妹を今連れて行くことができたら、と言ってたわ」

 <なんだ、そんな単純なことだったのか>

と思った。

 「それと、あんたは機転と気がきくと思ったそうよ」

 「あら、そうですか」

 「面接の時に、通産省の主人の部屋にいったでしょう。その時、主人のお茶がなくなったのを見て、秘書がポットからお茶を入れるのをみていて、入れてくれた、ふつう、ああいうことをしてくれる人はいなかい、とかなんとか言ってたわ」

 綾子はすっかり忘れていた。

 この夫婦、川越祐一、君子と言った。