「そういう罪悪感じゃないよ」

 雄介が言い切った。

 「僕は、君とこういうことになるなんて、思ってもいなかった。でも、それがあろうとなかろと、一度、また集まりたいとは思っていた。君や健三はもちろん、サークルの連中みんなとね。でも、僕はおそらく、あと数カ月もつかもたないかの命だ。だからと言って、みんなと会いたくなくなったというわけじゃないのだけど、どうも気持ちに余裕ができない。健三1人についても、会えば情けないことをいうじゃないかと思っているんだ。それが怖い。で、なんで君と健三を、僕の死後に会わせようかとするのかという疑問なんだけど、君は健三の前から、というよりも僕たちの前から突然姿を消してしまったわけだ。僕自身、その理由は聞いていないけど、健三にはそれを伝えて、けりをつけてほしいんだ。ただ、そう決心するのは、時間がかかるだろうし、僕がこの世からおさらばしてからでいいと思ってね。君も、そんなことを考えたら、気疲れするだろうし。ただ、これは僕の希望だよ。君が嫌だったら、会わなくてもいい。ただ、あいつと会うと、よく学生時代の話が出てね。そのほとんどが君のことなんだ。だから、健三の友人として、そう考えたわけだ」


 雄介は、そう言って、後は黙って綾子を見詰めた。その目は、優しい眼をしていた。


 雄介は、4年生になって間もなく、綾子がしだいにサークルに来なくなり、それから突然退部届けを出してやめてしまったことを思い出していた。彼女のアパートに寄った者が、まったく誰も住んでいなかったと言っていた。隣の住人に尋ねても、

 「よく分かりません」

と言うだけだった。そのうち、大学に顔を出していないことが分かった。休学届を出していた。

 彼女の田舎に問い合わせてもよかったが、遠慮した。遠い親戚とはいえ、父親同士が年賀状のやりとりだけの関係だから、息子の自分があれこれ聞いても仕方がないと思った。普段あまり話をしない父親に聞くのも憚れた。


 綾子も、当時のことを思い出していた。あの時、1年間、当時の通産省の役人がフランス大使館に行くと言うので、その秘書を募集していた。今はどうか分からないが、当時は、大使館の結構な身分で通産省の役人が海外の大使館に行く場合、そういう制度があった。1年間と言うのは、フランス語があまりできないが、1年あれば多少話せるようになったら、現地の秘書に変えた方が語学の習得になると、その通産省の役人は考えたのだろう。

 サークルで、雄介が自分を振り返ってくれないし、雄介の親友の健三が自分に好意を抱いてくれているようだが、自分にはまったくその気がなく、なんとなくサークル活動が重苦しいと感じていたことも理由だった。