青山の店は、綾子が帰国して3年あまりたって、開店した。綾子が何から何まで手配して、やっとオープンにこぎつけたのだった。シェフは、京都のホテルで料理長代理をしていた男を引き抜いた。海外のコンクールで、いい成績を収めていたのと東京出身なので、そろそろ東京に帰りたいという相手の希望がかなったのだ。


 なかなかの味を創る男で、京風の上品な味が、フランス料理にかもし出された。夫のジャックは、採用するかどうかの試食のため東京にやってきたが

 「トレビアン。スゴイ、スゴイ」

と絶賛した。男の名前は、水田郁夫と言って、まだ30代だった。京都のホテルは、なかなか話そうとせず、綾子は何度もホテルに足を運んだが、結局最後は、円満退職した。綾子の微笑みの交渉術のおかげだった。常に笑顔を絶やさず、ジャックがお金を送ってくるたびに、ホテルを言い部屋を取って、時には、ビジネスの話をせずに、ただ泊まるだけだった。そうこうするうちに、ほてる側も理解を示してくれるようになったのだ。

 

 その間、青山にオープンする候補地の建物は人手に渡って、そうとう慌てたが、2年半たったところで、また別の掘り出し物が出てきたのだった。青山はあきらめたと思っていたので、これには綾子は大喜びだった。


 綾子は、夫のジャックに代わって店の切り盛りをした。5年ほどたって、そろそろ自分がいなくてもいいだろうと思って、ジャックに

 「もうやめたい」

と告げた。飽きた来たのも事実だった。

 「困るよ」

とジャックは言ったが、最後には

 「仕方ないなあ。いつでも戻ってきてくれよ。共同経営者としての配当は、支払いを月々にして送るから。でも、アヤコ、パリにもどってくる気はないのか」

と言った。

 「分からない。でも、あなたは私を待つ必要はないわ。早く離婚届けに署名して、好きな人と結婚して」

と応じた。

 ジャックは

 「そんな人、誰もいないよ」

と応えたが、最近、若い学生らしきフランス人と付き合っているというような話をうすうす聞いていた。