東京に着いた綾子は、さっそく、サラリーマンをしている兄の家に落ち着いた。兄は、世田谷のマンションに住んでおり、大学生と高校生の男女二人の子供があった。

 

 「少しだけ置いてね。すぐにマンションを見つけるから」

 そう言って、綾子は、急いで買って来たフランスの土産をみんなに差し出した。

 「いいよ。いつまでもいて構わないよ」

 すでに別居の話を聞いていた兄は、何も聞かずにそう言った。

 兄嫁は、胸中複雑だった。

 <仕事なんて見つかるのかしら。それに、離婚を考えている夫との共同事業で、東京にレストランを開くなんて、そんなことできるのかしら。私には、とうてい無理ね。ともかく、綾子さんが当分いることは覚悟しなきゃ>

 などという心境だった。


 子どもたちは大喜びだった。フランス帰りの洗練された叔母がやってきたのだ。10年ぶりくらいだが、その美貌は、まったく変わっていない。しかも、高級品をお土産に持ってきてくれたから。


 しばらくして、綾子の仕事は見つかった。英字紙に、フランス大使館の求人が載っていたのだ。それに応募すると、さすがに10年以上もフランスに住んでいたので、フランス語は洗練されていた。すぐに採用と決まった。公使の秘書だった。

 「見聞きしたことは、職を辞めた後も一切公言しません

などという契約書にサインして、採用が決まった。


 一週間ほど勤めて、休日はマンション選びが始まった。マンションはすぐ見つかった。兄と同じ世田谷区内、上野毛の1DKだった。大使館の秘書の給料ではちょっと贅沢かなと思えるくらいの部屋だったが、夫からの送金でどうにか暮らせた。


 それから土日の休日は、レストランにふさわしい場所に行っては、一生懸命考えるのだった。

 原宿、六本木、渋谷、東京駅周辺、下町にまで足を伸ばした。