ひとしきり嗚咽が続いた。綾子はそっと、ハンカチを出して、ジャックの顔に押し当てて、ぬぐった。ジャックはもう泣いてはいなかった。そして、行きましょうというと、珈琲2人分の小銭をテーブルに置いた。
カフェーの外に出ると、ジャックは綾子の手を取った。綾子はなすがままにしておいた。ジャックは、坂を上り始めた。
「ジャック、どこに行くの」
綾子は尋ねた。
「帰るのです」
「方向が違うんじゃないの」
「いや、丘を上って、パリを見たいのです。それから反対側に降りて、地下鉄で帰ります」
「そう。今日はお店は」
「定休日です」
「あっ、そうだったわね」
そうこうしていうるちに、綾子のフラットにやってきた。ジャックが立ち止まって、綾子をじっと見る。
「どうしたの」
「もっとあなたと話したいのです」
「ここが、私のフラットって知ってたのね」
ジャックが黙っている。
「そう、そうだったのね。わざと、こちらの方に来たのね」
「すみません。もういちど、あなたとゆっくり話したいと思ったのです。あんなカフェーで、皆の前で話のは嫌です」
「じゃあ、そこの公園に行きましょう」
「そこも、人がいるからだめです。ただ話すだけでいいのです。私の悩みも聞いてください」
綾子は、じっくり考え始めた。その時、フラットに帰ってきたアベックが、オートロックを外した。その後をすかさずジャックが続き、すっーと、ジャックが入り込んでしまった。
「しょうがないわね」
綾子もそう言って、建物に入った。
「じゃあ、少しだけよ。話をするだけよ」
そう念押しして、綾子は、先に階段を上がった。エレベーターを使うまでもない。綾子の部屋は3階だった。