「浮気して、夫に『子供ができたわよ』って言ったの」

綾子が、思い切ったように告白した。

 「・・・」

雄介は、何も言えず、黙っている。綾子は、雄介の反応を予想したように、しゃべり続けた。

 「夫は、相当びっくりしたような顔をしてたわ。次には、何かを悟ったように、ものすごく悲しい顔して、下を向いたの。それから数秒して顔をあげたら、ものすごい笑顔になっていたわ。もちろん演技よ。それから『よかった、よかった、本当によかった』と言って来たの」

 そう言って、綾子は、寂しく、悲しそうな顔をした。そしてしばらく黙った。

 二人の沈黙の間、料理は運ばれてきた。綾子が前もって、あまり多くはいらないと言っておいたので、量はさほど多くはなかったが、種類はけっこう多かった。

 「ジャックが『カイセキ風フランス料理だ』と言ってます」

と、支配人は、気まずそうな雰囲気に遠慮しながら、料理の説明をし始めた。綾子は、いちいち聞いている。

 「見た目は素晴らしいわ。後は味ね」

そう言って、綾子はフォークを取り出した。

 「素晴らしいわ。こんな味がフランス料理に出せるなんて」

綾子が感想を述べると、支配人は

 「ジャックも喜ぶでしょう。後で来ると言ってました」

と応える。綾子は

 「そう。会うのが楽しみだわ」

とにっこりした。

 支配人らは出て行った。

 「それでどうしたの」

と、やっと、思い切って雄介が尋ねた。

 「その時、私は思い切り怒ったわ。自分の子供でもないのに、妻にできた子を何も言わずに祝うなんてーそんな気持ちからだったわ。でも、夫は何も言えないわね。だから全部、ぶちまけてやった」

 それから、綾子は、部屋の奥の方をただ見つめていた。