二人は、午後1時ごろ、いったんホテルに戻った。それぞれシャワーを浴びて、さっぱりとした。
「ねえ、どこかほかに見るところはない?」
と綾子。
「別にないなあ。ああ、バチカンに行ってみたいなあ。サン・ピエトロ大聖堂だけでいいよ」
「大丈夫?疲れてない?」
「まだ、これくらい大丈夫だよ」
そういうと、昼食もとらず、二人はタクシーでバチカンに向かった。礼拝堂のミケランジェロのピエタ像を二人は、何も言わず見上げた。やがて、正面の礼拝所で、雄介は十字を切って、祈っていた。それから、
「上に登りたい」
と、大聖堂の天井を上っていきたいというのだった。
「無理よ。我慢しなさい」
と、雄介の体を慮って、綾子が言うが、
「いや、登りたい」
との雄介の強い言葉に、綾子も
「辛くなったら、途中で引き返しましょうね」
と、しぶしぶ答えるのだった。
狭い階段を他の大勢の観光客と上っていく。土煙りがかなりたっているはずだ。案の定、5分も行かないうちに、雄介がせき込み始めた。それでも、
「まだ大丈夫」
と言って、登っていこうとする。途中まで来て、とうとう諦めた。それで、隙間から、バチカンとローマの市街を見つめて、雄介は
「ああ、きれいだね」
と言って、満足したようだった。
くらくらとするような足取りで、雄介は降りて行った。綾子は横で手を差し伸べたいと思ったが、狭い階段ではそれもできず、前に立って、今にも倒れそうになるのを防いでいた。
やっとの思いで降りた二人は、大聖堂のベンチで、しばらく休むことにした。10分ほどたって、雄介は落ち着いたようだった。