なぜ『喜怒哀楽な先生』なのか、当初は順をおって説明していたのだけど。
最近忙しくて残すの忘れていますね。
長々とかくのがめんどくさいので、
単刀直入にかいてしまおう・・・・。
そもそも私は今年の4月から3年目になるわけだが、最初から今の学校に勤めていたわけではない。
1年目の9月から、今の学校に勤めているのだが、それはなぜかというと・・・・。
実は4月から6月まで違う学校で常勤講師として勤務していたのだ。
新設校だったから、やることもハードで、右も左もわからない私にとって、本当に毎日がパニックで・・・・。
でも、新鮮さもあったし、『学校をみんなでつくりあげていく!』という楽しさもあったので、全然毎日が苦ではなかたのだけど。。。。。
数学科の上司の先生とうまくいかなかったのだ。
なんといういか、この世の中にはこんなにも『会話』が通じない人がいるものか!というくらいに会話が通じなくて。
向こうは私があたかも経験者であるような、口調できいてくるから、わからなくて聞いても『なぜわからない!さっきわかるっていったじゃないか!』と怒られたり、
アドバイスを求めても、何一ついってくれず。そして、数学的専門てきな話をされ、それじゃーそれをどう授業にどういかすのか??というはなしもせずに、ただ、永遠とそのはなし。先生は専門的な話がすきな先生で。
ほぼ一人芝居。
授業の仕方がわからなくて相談しているのに、アドバイスもなく、そして見学に来てはダメだし。
ダメだしばかりされるから、自信もなくし、授業ができなくなり、教案つくりも滞り。毎日夜の11時まで学校にのこり・・・。
そして朝は7時に出勤。そんな毎日でした。
どうにか、頑張って、その先生とのコミュニケーションをはかろうとがんばったのだけれでも。
会話が通じないし。私の気持ちも伝わらない。
それでも『社会人の第一関門だ!』とおもいながら、毎日奮闘。
しかし、それがついに崩壊する。
私がその上司の先生とあわないとおもっていて、私のせいだから。私が我慢すればどうにかなる!
とおもっていたのだが。
被害者は私だけではなかったみたいだ。
なんと、その先生は、教科の上司でもあるし、学年の責任者でもあったので、いろいろと一緒に作業することが多かった。
いわば、ずっと、一緒の先生だったわけだ。
その中でなぜ崩壊したか??というと・・・・。
一緒に組んだいた、もう一人の教科の違う先生にいわれた一言がきっかけだ
「学年で、動いていたときは、あの先生とうまくいかなくて、本当にたいへんだったけど、今は学年で動いていることがないから、全然平気です。」
このことばで、私だけがつらいおもいをしているのではないということを知ったのだ。
その先生は教科がはなれているから、自由気ままにやっている。でも私はあの先生から解放されることはない。
これを1年間続けたら。私が私でなくなるのではないか?????
向こうも変わる様子もないし、私が変わろうと努力しても、相変わらず会話は一方通行。
まともにはなしにならない。
そのうち、いろいろなことが相談できず、抱え込んでいる自分がいて・・・・・。
もう限界だ。
学校にいかない日は穏やかにすごせるのに、学校にいく前日は寝れなくなりただただ「いきたくない」とおもうだけ。
もう限界だ。
どんなに体調がわるくても、ご飯をもりもり食べる私が始めて、ご飯を食べれなくなり、めったに減らない体重も3キロ減り・・・。
なんでも、頑張る私に限界がきて・・・・。
ついに「退職」することになったのさ。
もう本当にぼろぼろだったよ。私は。
そこではじめてしったのさ。世の中には『会話が通じない人がいる』ってね。もし、他に数学科の専任の先生で。ベテランの先生がいたら、その先生に相談もできたのだけど。
なんせ。新設校。上司は、その先生だけ。
他の教科の先生に相談しても、教科のことはやはりアドバイスできない。
そんな状況だったのです。
3ヶ月で辞めた理由はね。