王子様なのに滅茶苦茶に可哀想 ルイ17世 | 女子の為のの世界史講座

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面白いエピソードとともに比較文化論を交えながら、解説させていただきます。



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1785年3月27日 ノルマンディー公ことルイ・シャルルは父ルイ16世 母マリー・アントワネットの次男(第3子)として春の訪れを告げるように、ヴェルサイユ宮殿にて誕生した。

金髪に青い目、丈夫でぷくぷくとした愛嬌たっぷりな赤ん坊だった。

母アントワネットからは 愛のキャベツ

父ルイ16世からは かわいいノルマンと呼ばれ

姉マリー・テレーズからは、まるで彼女の赤ちゃんのように可愛がられた。

それに応えるかのように彼もまた父母を愛し、姉を慕った。

ヴェルサイユでは花好きの母、マリー・アントワネットのためにルイ・シャルルは毎朝母に花を摘んだのだった。


又、革命勃発後に国王一家がヴェルサイユ宮殿からパリのテュイルリー宮殿にに移る道中で馬車に飛び付いた市民の女達はアントワネットに悪態を付き罵声を浴びせた。シャルルは馬車の後部座席で両親の間で怯えていたにも関わらず馬車の窓から顔を出して『ママを許してあげて!』と母親を案じて叫んだ。


チュイルリーに移ってからも、シャルルは小さな庭で花を育てた。

とうとう父親ルイ16世が処刑される夜になってしまった。彼は、警官の前に跪き、「お父様が死なないで済むようにパリの御役人のところへお詫びをしに行かしてください」お願いをしたのだった。


そして、タンプル塔に幽閉されて父親ルイ16世が処刑される朝には『お父さんを殺さないでとお願いするんだ!

お願いですから国民に話す邪魔をしないで下さい!』と幼いシャルルの叫び声が牢獄に響き渡った。



結局は、この訴えも空しく父だけでなく母もギロチンにかけられ、自身も獄中生活によって衰弱死した。





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