「音読してみたけれど、イマイチだ」という場合、どうすればいいでしょうか?

 

どこを直せば良いかがすぐに気づく腕前であれば、

そもそもこのブログは読んでいないことでしょうから、

誰でもすぐできる具体的な方法を述べます。

 

前半をばっさりとカットしてください。

 

「前半というのは?」と聞く方もいるかもしれませんが、

要するに真ん中あたりで線を引いて、

前半にバツ印をつければそれでOKです。

 

いきなり真ん中だと意味が不明になるのでは?

と思うかもしれませんが、心配ありません。

 

適当に真ん中でバッサリ切って、

なぜかそれでも意味は通じるものです。

(ただし、第1項で述べた文末の1行〔ないしは段落〕は、もちろんその後で冒頭に移してくださいね)。

 

なぜ意味が通じるかといえば、前にも述べたように、

その部分は考えのウォーミングアップの状態で、

重要なことはまだ書かれていないのです。

 

それと、往々にして書きなれていない人は、

この時点では「前置き」を書いています。

いわゆる「前置きの長い話」と同じ状態になっているのです。

 

前置きとは、会社の資料であれば、日本経済の現状や、その中での自社の置かれた立場。

テーマ作文であれば、そのテーマが一般的にどう受け止められているか(たとえば「思いやり」なら、〝今の時代は思いやりが足りない寂しい時代〟だとか、辞書でひいた定義など)です。

 

しかし、それは必要ないのです。

 

なぜなら、それはみんなも知っていることだからです。

 

日本経済の現状や、自分の会社の状況は、

その文章を読むであろう社内の人なら誰でもみんな知っているのです。

テーマ作文が「思いやり」なら、今の日本で思いやりをみんながどう受け止めているかは、みんな知っているのです。

 

前半はたいてい、そういった「一般論」が書かれていて、

それを書くうちにだんだん自分の考えがまとまってくる、

……というのが書きなれていない人のパターンです。

 

だから、ばっさりとカットしてしまって大丈夫なのです。

 

ここまで言っても「本当に大丈夫か?」と心配になるとすれば、「もったいない、せっかく苦労して書いたのに」という気持ちがあるからです。

 

その気持ちを乗り越えるほうが、実はずっと大変です。

実際、文章を「削る」作業は、

プロの書き手でもとても難しい。

いや、「とても」どころか、一番難しい作業だと言ってもさしつかえないでしょう。

 

それゆえ、テキトーに真ん中あたりで線を引いて、

前半にバツ印をつければそれでOKだと言ったのです。

そうしなければ、もったいなくて、なかなか削れないでしょう。

 

特に、書き慣れていない人ほどそうです。

中には「生まれて初めて本格的に書いた文章だ、まるで自分の可愛い子供のようだ」と思う人もいることでしょう。

だからこそテキトーでいいのです。

それでも90%以上の確率で意味は通じますし、

もし「どうしても通じない」というようであれば、

その場合だけ、線を引く場所を少し前にもってくればいいのです。

 

もっとも、通じない理由はおそらく前半をカットしたことではないはずで、

実際には線を引く場所を少し前にもってきても、

相変わらず意味が通じないと思いますが……。

試しに、思い切って前半をばっさりカットしてしまえばわかります。

 

  *

 

さて、では第1〜3項で述べたことを、いったん整理してみます。

1.まず、最後の1行(あるいは段落)を一番最初にもってきます。

2.そして音読してみます。

3.「音読してみたけれど、イマイチだ」という場合、前半をばっさりとカットしてください。(もちろん、ラストから冒頭にうつした文章は残しておいてください。そこは別です。もともと「後半」にあった文章ですから)。

 

どうですか?

ずいぶん文章のイメージが変わったのではないでしょうか。

かなりスッキリしたはずです。

以上は、とにかく迷わずに度胸を決めて実行することがポイントです。

 

自分の文章が、良い文章か、イマイチな文章か、

それを見分けるいちばん簡単な方法は

「音読」してみることです。

 

声に出して読んでみることです。

 

これは、もっとも簡単で、すぐに実行できて、

それでいながら誰にでも文章の良し悪しが見分けられるという、実に便利な方法です。

 

しかもこれは、文章の上級者、それどころか超一流の作家という人たちであっても使うことのできる方法です。

 

実際、あの文豪・谷崎潤一郎の『文章読本』でも、音読のすすめが記されているくらいです。

「されば皆さんは、文章を綴る場合に、まずその文句を実際に声を出して暗誦し、それがすらすらと云えるかどうかを試してみることが必要でありまして、もしすらすらと云えないようなら、読者の頭に這入(はい)りにくい悪文であると極めてしまっても、間違いはありません。現に私は青年時代から今日に至るまで、常にこれを実行しているのであります」(太字体は原文のまま)

 

声に出して読んでみると、

良い文章なら、意味がすんなりと頭に入ってきます。

一度聞いただけで、何を言おうとしているかがわかります。

 

しかしイマイチな文章は、意味がよくわからないのです。

 

声に出して読んでみたとき、意味が心地よく頭に残らなければ、それはイマイチな文章です。

 

言い換えれば、きちんと整理のされていない文章です。

言葉の無駄が多いか、構成が悪くて論理の流れがスムースではないか、そもそも何を言いたいのか自分でもハッキリしないまま書かれている文章です。

 

もっとも、実際には、声に出して読んでみて「だいたいわかるな、頭に入るな」というようであれば、それでOKです。

というのも、「音読に堪(た)える」文章というのは、それだけで一流ですから、そんな文章はなかなか書けるものではありません。

 

実際、身の回りの文章、たとえば新聞でも雑誌でも本でも、適当に開いて、声に出して読んでみるとわかりますが、8割は音読に堪えない文章です。意味が一度で頭に入るのは、2割もないでしょう。

 

『声に出して読みたい日本語』という本が2001年にベストセラーとなりましたが、声に出して読んで「素敵だな、素晴らしいな」と感じる文章は、それだけで古今東西の名作中の名作なのです。

プロ作家を目指しているわけでなければ、そこまで粘る必要はないでしょう。

 

念のためですが、ごく一部の有名作家の文章は、音読してもあまり魅力的ではなく、むしろ黙読のほうがその真価を発揮する場合があります。

たとえば森鴎外の書いた戯曲『仮面』は、「俳優がセリフをしゃべれない」と言われています。最近では村上春樹の小説のいくつかは、音読にはもちろん堪えますが、黙読のほうが輝きを増すような気がします。

 

しかし、私たちはそのようなことに気を取られてはいけません。

彼らは一流ですから、その気になれば「音読しても魅力的」な文章を書くことができるのです(また実際そういう作品も書いています)。

しかしある種の作品は、モチーフや時代背景が理由で、黙読向きの文章スタイルを選んでいるだけなのです。

そこには高度な狙いがあって「意図的」にやっているわけです。

 

ですから、私たち、すなわち今週末の草野球でとりあえず4打数2安打、できれば3安打が打ちたいのだという人たちは、「音読」というリトマス試験紙を無条件に採用すれば大丈夫です。

 

それから、ビジネス文書や、行政文書で、まったく音読に堪えない文書があるのは、あれはあれで目的には合っているのです。意味不明瞭であることを目的として(揚げ足を取られないように)書いているのですから。

世間に流通している文章は、実はそんなしょうもないものも多いのです。そんなものに無自覚に影響されてはなりません。

 

しかし、もう大丈夫です。

私たちには音読というリトマス試験紙があるのです。

いつでも、すぐに実行できる方法です。それで自分の文章をチェックしましょう。

 

音読は、カップラーメンのように便利で、フランス料理のように奥深い方法です。なにしろ文豪・谷崎でさえ愛用していたのですから。

文章を最後まで書き終えたら、

一番最後の行を、

文章の冒頭に置いてみてください。

 

一気に文章がわかりやすくなります。

 

「最後の一行」だけを冒頭に移すか、

「最後の段落全体」を冒頭に移すかは、

ケースバイケースなので一概には言えませんが、

迷ったらまず「最後の一行」だけを冒頭に移してください。

 

おそらくそれで十分なはずですが、

もしうまく意味が通じないようであれば、

次は「最後の段落全体」を冒頭に移してください。

 

その2段階の順番でやるのがいいでしょう。

 

なぜこうすると文章が良くなるのでしょう?

理由はいくつかあります。

 

アマチュアは書きなれていませんから、

どうしても考えながら書くことになります。

なんとなく書き始めて、

書いているうちに自分のアイデアがまとまり、

自分の言いたいことがはっきりしてくるものです。

 

そのため、文末の頃には、

自分の考えが十分にまとまって、

一番良い文章が書かれているケースが多いのです。

 

それと、誰でも「格好良く締め括りたい」と思っているので、ラストの部分で気合が入った一言が登場しているものです。

 

加えて、映画や小説などでは「ラストに決め台詞」があるもの」だと誰でも知っているので、

無意識のうちにそのように書いています。

 

つまり、結論が気の利いた一言で書かれている可能性がきわめて高いのです。

 

しかし、その格好いい一言を、

最後に残しておこうとケチってはいけません。

いくらキメのセリフが良くても、そこまで来る前に飽きられては、その一言が活きてきません。

 

だから、惜しまずに、

その一番出来の良い1行(ないしは最終段落)を

冒頭に持って来るのです。

 

すると、たいていの場合、

「結論からスタートする」という構成に、

がらりとドンデン返しになるはずです。

 

急に、文章全体の見通しがよくなります。

 

ビジネスマンが「まず結論から報告しますと……」と、

結論から述べるのは、

報告の基本中の基本です。

それが一番わかりやすく、説得力があり、

聞き手に対して親切だからです。

 

それにもかかわらず、結論から報告せず、やたらと前置きの長い話し方をする人が多いことは、多くの人が日常で体験していることでしょう。

 

最後の行を頭に持ってくると、

結論から述べる構成となります。

 

それで、全体の見通しが急にスッキリするのです。

 

だから迷わず、ケチらずに、最後の一行(あるいは段落)を冒頭に持ってきてください。

 

「それでは、ラストの決め台詞はどうすればいいのか?」

という質問が来そうですが、

締め括りの文章に格好をつけなければいけないのは、

プロの世界の水準の話であって、

オリンピックでいえばメダル候補の実力者です。

だから、そんなことまで気にしなくていいのです。

 

ラストをカットしたままで、

特にそこに何も付け足さなくても大丈夫です。

すでに冒頭で結論が述べられているので、

終わり方が多少唐突でも、十分意図は伝わります。

 

もしどうしても物足りないようであれば、

冒頭の決め台詞をもう一度繰り返せばいいのです。

もともとそこにあったのですから、手抜きではありません。