一番説得力のある話とは、

自分の目で見て耳で聞き、体験したことに、自分独自の感想や解釈を付け加えたものです。

 

要するに、自分に一番身近な話こそが、一番説得力があります。

一般論や、聞きかじりの話には説得力がありません。

 

それと同様に、文章を書くときも、

自分に身近な話、手の届く話から書き始めると、

説得力のある文章になります。

 

気楽に、メモ用紙に落書きをするような気持ちで書き始めればいいのです。

そのほうが、ずっと良い文章になるのです。

 

ところが、往々にして大上段に振りかぶった話から書き始めてしまう人が多いものです。

 

某県知事に「地方自治これからの10年」という原稿をお願いしたときのことです。

中身はとても良かったのですが、構成が読者に魅力のないものになっていました。

 

まず最初に①世界全体の潮流の話、があり、

次に②日本経済の現状と地方自治の必然性、そして③我が県で実行している新しい行政の具体例、最後にようやく④県知事の自分の意見が出てくるのです。

 

こういう構成は、お役所の文章によく見られるパターンですが、私たちは真似をしてはいけません。

 

右記の①②③④を、④県知事の自分の意見、

③我が県で実行している新しい行政の具体例、②日本経済の現状と地方自治の必然性、①世界全体の潮流の話、と、

④③②①の順番に入れ替えると、ずっと良い文章になりました。

 

さらに言えば、②の日本全体の話と、①の世界全体の話はカットしてしまうとさらに良いでしょう。

第3項で書いた「前半をばっさりカットしてしまうと、ずっと良くなる」ケースの好例です。

 

日本全体の話は、総理大臣が書いた文章であればともかく、県知事に教えてもらわなくてもいいのです。

ましてや世界全体の話は、アメリカ大統領にならともかく、県知事に話を聞いてもあまり意味がないのです。

 

もちろん石原慎太郎・旧東京都知事や、田中康夫・旧長野県知事のように独自の視点を持っているなら、聞いても意味がありますが。

しかしその場合も知事としてではなく評論家として聞きたいのが本質であって、要するに自分の手の届く範囲の話だけにしたほうが、ずっと説得力があるのです。

 

ましてや私たちの場合、日本全体の話や世界全体の話は、よほど独自の視点があれば別ですが、たいていはみんなも知っている一般論の繰り返しになるだけなので、カットしてしまっていいのです。

 

もし会社で新しいプロジェクトの提案書を書く場合、日本経済全体の話などはカットしてしまいましょう。IT技術の進展などは誰でも知っているから、もういいのです。

新聞やテレビで紹介されていることはさっさとカットしていいのです。

ましてや世界経済の潮流などは、私たちが心配しなくてもいいのです。どうせ大きな影響力はふるえないのですから。

 

もしIT技術の進展を書くのなら、

実際に自分が体験したことから書き始めてください。

たとえばスマートフォンを、自分がどう使っているかということから書き始めてください。

インターネットを自分が実際にどう使っているかを書いてください。

 

それが一番説得力があるのです。

 

アダルトサイトしか見ていないのなら、正直にそう書いてください。そのほうがずっと、本当のビジネスチャンスを発見する入口になります。

 

それにもかかわらず、つい「大きな話」から書き始めてしまうのは、それが一番無難だからです。大所高所の話を知っている、自分は利口だ、という見栄です。

あるいは「世界全体がそうだから、私たちも」というただの責任転嫁なのです。

 

世界全体はどうでもいいのです。

世界がどうであれ、「私はこれをやる」ということでいいのです。

 

これで、お役所の文章が大きな話から始まっている理由がよくわかりますね。

要するに「お利口」なところを見せつつ「責任転嫁」もしておきたいのです。だからいわゆる白書の文章は退屈で、誰も読まないのです。

中身はけっこう良いことが書いてあったりもするのですが、文章としては魅力がないわけです。

 

むしろ「こんなことを書くと恥ずかしいな」とか「こんな身近なことから書き始めるとセコイかな」とつい躊躇してしまうような、そんなことから書き始めたらいいのです。

 

身近なことから書き始めてください。

 

そういう文章のほうが、よほど説得力があるものです。

 

「大きなこと」から「小さなこと」へ書いていくのではありません。

「小さなこと」から「大きなこと」へ書いていきましょう。

 

実際に書いてみると、それはなかなか勇気がいるものです。

しかし、だからこそ説得力のある話になるのです。

 

とはいえ、つい見栄を張ってしまったり、責任転嫁をしてしまいたくなるのが人間の性(さが)というもの。

小さなことから大きなことへ書いていけば良いとわかっていながら、なかなかその勇気が出なくて、かえって筆が進まないという人が多いのもまた事実でしょう。

 

そういう人はどうすればいいでしょうか。

すでに実例が挙がっていますね。

そうです。ラストから順番に、構成を入れ替えていくのです。

 

まず、意味によっていくつかのブロックに分割し、それがいま①②③④の順番になっていれば、④③②①の順番に入れ替えるのです。

 

さらには「前半はばっさりカット」のテクニックで、②①(入れ替えたので今は後半になっていますが、もともとの前半)をカットしてしまうと、格段に良い文章になるはずです。

 

「大きなこと」から「小さなこと」へのほうが書きやすければ、とりあえずは右のようにすればOKです。

最初のうちは、さっさと書いて順番を入れ替えてしまったほうが、ずっと早いという人が多いことでしょう。

特にパソコンではその作業がとっても簡単です。

 

大切なことは、身近なことを書いても良いのだと知っておくことです。

身近なことのほうがずっと説得力があるのだと知っておくことです。

 

それを知ってさえおけば、いずれ身近なことから書き始めるほうがラクになります。

「この点ができている人の文章は、それだけで合格だ」

というポイントが1つあります。

 

それは、まず結論から入る、ということです。

 

編集の仕事をしていると必然、文章を数多く読むことになります。有名作家のみならず、アマチュアの文章にも数多く目を通します。

 

その際、一番最初の行で、まず結論が書いてある人は、

そこから先もきちんと書いてあるものです。

大ハズレということはまずありません。

 

できれば、最初の一文ですぐに改行までされていると申し分ありません。

「これは○○について書いたものです。(改行)」というように、一言でその文章全体の結論が述べられているとベストです。

 

冒頭に結論が書いてあるということは、その作者が、自分が書こうとしていることをはっきり把握している証拠です。

「村上春樹さんの3原則に学ぶ」で言えば「1」になります。

 

自分が書こうとしていることをはっきり自分で把握してさえいれば、きちんと伝わる文章を書くことができます。

 

その反対に、自分の書こうとしていることを把握していなければ、永遠にその文章が完成することはないのです。

 

また、冒頭に結論があると、

読者も最初からゴール(目的地)を知った上で読み進むことができます。

「自分が何を読んでいるか」を理解したうえで読んでいますから、途中で多少文章がギクシャクしていても、読者はそれを補って読んでくれるのです。

 

要するに、誰にとっても話が早いのです。

全員ハッピーです。

 

特にビジネスマン同士でやりとりする文書の場合は、

このことはきわめて重要です。

それ以外の文章でも、結論が冒頭に書かれていることのマイナスは、1つもないと断言していいでしょう。

 

文学や推理小説では冒頭に結論を持ってきたらマズイではないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。いや、もちろん実際には冒頭で犯人を明かすバカはいませんよ(『古畑任三郎』のような形式のミステリーを除けば)。

 

言いたいことは、

何を書いているか自分でもわからないままに書き進めているケースがきわめて多いということです。

だから文学やエンターテインメントや推理小説でも、自分が何を書いているかを把握して、それを冒頭に置くことができれば、全体の完成度がずっと違ってきます。

完成したら、その後でカットすればいいだけの話なのです。

 

だからエンターテインメントの作品を書く場合、

事前に簡単な「プロット(筋書き)」をつくるのが普通です。

マンガの場合「ネーム」と呼びます。編集者がそれをチェックしてゴー・サインを出します。

 

つまり、事前に着地点は決めてあるわけです。

 

もっとも基本的でありながら、

もっとも効果的な文章上達術は、

「まず結論から入る」ということです。

 

ところが、いざ原稿用紙(あるいはパソコン)を目の前にして、まず結論から書くことができる人は、実はそういるものではありません。

 

それができれば、文章家としては上級者だと言っていいでしょう。

 

しかし心配はいりません。

すでに、その具体的な解決策も述べましたね。

そうです。文末の1行(あるいは最終段落)を、文章の頭に置くのです。

 

と、ここまで読んで、そうは言ってもなかなか最後までたどりつけないのだ、と思っている人も多いのではないでしょうか。

 

いや、それは悪いことではないのです。まあ、悪いことなのですが(笑)、いささか仕方がないことなのです。

最後まで書き通せないという悩みは、実はけっこう多いのです。

 

しかし、最後まで書き通してしまいさえすれば、

そのあとの修正の進み具合が格段に違ってきます。

 

ですから次は、最後まで書き通す具体策を述べましょう。

『やがて哀しき外国語』で村上春樹さんは次のように述べています。

  1. 自分が何を言いたいのかということを、まず自分がはっきりと把握すること。そしてそのポイントを、なるべく早い機会にまず短い言葉で明確にすること。
  2. 自分がきちんと理解しているシンプルな言葉で語ること。難しい言葉、カッコいい言葉、思わせぶりな言葉は不必要である。
  3. 大事な部分はできるだけパラフレーズする(言い換える)こと。ゆっくりと述べること。できれば簡単な比喩を入れる。

――正確にはこれは、外国人に外国語で自分の気持ちを伝えるコツを書いた部分です(文庫版では■(←確認中すみません)ページ)。

その後にすぐ、「しかしこれはそのまま〈文章の書き方〉にもなっているな」と結んでいるところから引用しています。だから文章の書き方の三原則だと理解してまったく問題ないでしょう。

 

ちなみに「ゆっくりと述べること」という部分は、原文では「ゆっくりと喋ること」と書かれています。そこは引用するにあたって書き換えました。

 

いろいろな文章技術の紹介が世の中にあふれていますが、

以上の3点に優る要約はないと思われます。

 

特に良いのは、たった3点だということです。

 

文章技術の本は、懇切丁寧に項目をたくさん盛り込んでくれるので、かえって覚えきれません。しかし、たった3点なら誰でも覚えられます。

 

だからこの3点は、絶対に覚えこむことです。

 

何度も何度も読んで暗記してしまうことです。

この3点が実行できれば、それだけで文章家としてはかなりの実力があると断言できます(おそらくプロとしてやっていくことも可能でしょう)。

 

たった3点です。これは覚えてしまってください。