-そこからは、アムステルダム市街の大半が一目で見わたせます。
はるかに連なる屋根の波、その向こうにのぞく水平線。
それはあまりにも淡いブルーなので、ほとんど空と見わけがつかないほどです。
それを見ながら、わたしは考えました。
「これが存在しているうちは、そしてわたしが生きてこれを見られるうちは-
この日光、この晴れた空、これがあるうちは、決して不幸にはならないわ」
って。
恐れるひと、寂しいひと、不幸なひと、こういう人たちにとっての最高の良薬は、戸外へ出ることです。
どこかひとりきりになれる場所-
大空と、自然と、神様とだけいられる場所へ。
そのときはじめてそのひとは、万物があるべき姿のままにあり、神様は人間が自然の簡素な美しさのなかで、幸福でいることを願っておいでなのだと感じるでしょうから。
こういう自然が存在するかぎり、そしてそれはつねに存在するはずですが、それがあるかぎり、たとえどんな環境にあっても、あらゆる悲しみにたいする慰めをそこに見いだすことができる、そうわたしは思います。
自然こそは、あらゆる悩みへの慰安をもたらしてくれるものにほかならないのです。—
「アンネの日記」著者 アンネ・フランク
アンネは若干14歳でこれを書いている。
過去に本人が書いたのではない部分があると言われたが、現在では検証され、間違いなくアンネ・フランク本人が書いたことが証明されている。
しかしそんな疑惑が持ちあがるのも無理はない。
読んでみるととても12~15歳の少女が書いたとは思えないほど、的を得ていて、哲学的で、なんて賢い子だったのだろうと思わずにはいられない。
自分の12歳の頃を思い出してみても、こんなにいろいろなことを考える余地はなかった。
28歳の今の私がやっと対等に話せそうだ。
アンネはエライ。
一年以上も隠れ家生活を余儀なくされて、何をするにもなるたけ音を立てないように、狭い隠れ家で家族以外の人とも共同生活をしていた。
どこへも一切出かけられない、そんな不自由な生活の中で、親子の関係に悩み、自分の体や精神の成長に戸惑い、他人の心ない言動に怒り、時折机に伏せて理由もなくさめざめと泣いたりしながら。
それでも希望を捨てずに前向きに生きる努力をやめなかった。
アンネ・M・フランクに多大なる尊敬の意を表する。
終わり。
(加筆修正 22th Sep 2020)

